09



こないだ奢れと言っていたから私がお会計をしようとすれば、沖田さんは伝票を確認して私に万札を渡した。


「いえ、ここは私が!こないだそういう話になりましたし」
「なに言ってんでィ、アンタにはきちんと今度奢らせるに決まってんだろーが」
「え?」
「ランチなんてディナーに比べたら微々たるもんでさァ。今回は黙って奢られてろィ、そして倍にして奢り返しなせえ」


ああそれならと頷いた私は沖田さんから受け取った万札を握りしめレジへと向かった。お会計を済ます私の後ろに沖田さんは立っていて、側にいるなら私にお金を渡さずに沖田さんが払えば良かったのにと思った。


「ご馳走様でした。あの、これお釣りです」
「アンタ家どの辺なんですかィ?」
「家ですか?ここから二駅ほどですけど」
「あの日、終電逃しちまったろ」
「あぁでも沖田さんのせいじゃないですから。土方さんとラーメン食べに行ったら終電逃してしまったってだけで…」
「野郎とラーメン?」


沖田さんは振り向いて「アンタらいつの間にそんな仲に?」と言った。ラーメンを食べに行く仲ってどんな仲に位置するのだろう。


「たまたま駅で会ったんです」
「それは聞いてんけどラーメンは聞いてねえ」
「私のお腹が鳴ってしまって、土方さんが哀れむような目でラーメンを恵んでくださいました」
「腹が鳴るほど我慢してたんですかィ」
「え?」


沖田さんが笑ったりするから、なんだか心臓が煩くなった。反則だ!ただでさえ沖田さんが迷い箸の件からかっこよく見えてしまうのにそんな屈託のないような笑顔を見せられてしまえば私の心臓はばかみたく騒がしくなった。


「んま、その金はこないだのタクシー代ってことで受け取っときなせえよ」


横断歩道の白線の上だけをトントンっと軽やかに踏み渡る沖田さんはお顔と同じくらい無邪気に見えた。そんなこと言ったらうっせーぞブスとか言われてしまいそうだけど。


「なーにしてんでィ。早く渡れよィのろま」
「! あっすみません」


沖田さんに見惚れていれば信号が点滅し始めていた。慌てて走る。渡りきった所で少しの段差に躓いて盛大に転んでしまった。擦りむいた手と膝小僧が痛い、ヒリヒリする。


「あーあ、だっせえ」
「…すみません」


周りからクスクスと笑う声が聞こえる。そりゃそうだよね、いい年こいた女が走って渡った挙句転んで膝を擦りむきバックの中身を散らかしてんだもんね、笑うよね。
立ち上がろうとすればタイツがところどころ伝線し、膝に関しては穴が空いていた。なにこれすごくダサい。
沖田さんの前では可愛くありたかったのに、沖田さんにだけは笑われたくなかったのに。

恥ずかしくて顔をあげられなくなってしまった。かといってこのままでいるわけにもいかない。早く立ち上らなきゃ。


「アンタん家、ここから二駅だったよなァ?」
「へっ?」


そうですけど…と顔を上げれば沖田さんは笑いを堪えるような、少し変な顔をしている。


「俺ん家ここから徒歩10分くれえだけど、どうする?」


どうする?と言いながら沖田さんが私に手を差し伸べてくれる。どうするって、どうしよう。沖田さんのお家を知れるなんて嬉しい、嬉しいけど今の私はズタボロである。どうしようどうしようと考えていれば信号が変わり、私を笑っていた人たちが次々と渡っていく。


「その格好で電車乗りたくねえだろィ」


何もしねえよと言った沖田さんがにやりと口元を上げたもんだから、ぶるっと身震いがした。先ほど見た笑顔とは正反対というか、なんだか悪い沖田さんって感じだ。


「あっ、じゃあ、お願いしま、す」
「シャワー十五分で二百円な」
「はいっ、全然払います」
「ばぁか、冗談でさァ」


差し出された手を掴み立ち上がった。その手は沖田さんの家まで繋がれたままだった。

さすがは警察官。困ってる人には手を差し伸べるらしい。ほらね、土方さん。沖田さんっていい人なんですよ。


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