山崎退




「苗字っ!クレームの電話来てるから対応!!」

「はいっ、すみません!」

「ったく。毎回毎回仕事増やしやがってよ」

今日も怒られた。クビにならないだけ良いのかもしれない。午前中、怒鳴られたことを思い出して屋上で一人萎えた。買って来たおにぎりは冷えて硬くなってしまっている。温めてもらわなきゃ良かった。どうして朝買った時温めますか?と聞かれて頷いてしまったのだろう。はあーやんなるなーとボヤけば「あ、いたいた!お疲れ様」と明るい声がして慌てて顔を上げた。

「さっき部長から話聞いちゃった。凹んでるだろうなって思って」

はい、と渡された暖かいお茶。同じ会社だけど違う部署の山崎さんは、私のところの部長と仲が良いらしい。いつだか酷く怒られ一人で泣いていた時に慰めて貰ってから、こうして部長から私の使えなさを聞いては励ましに来てくれるようになった。

「今回はクレーム貰っちゃったんだって?あそこの会社細いからね」

まあまあそんな気を落とさないでよ。と肩を叩く山崎さんは私の膝に乗っかっているおにぎりを見て「食べないなら貰ってい?」と言った。正直自分の不甲斐なさに食欲も湧かない。いいですよ、といえばありがとうと言われて涙が出そうになった。最近私、誰かにありがとうなんて言われたことあったっけ?

「まあでも、凄いよね。苗字さんさ、こんだけ怒られても辞めてやるって言わないもんね。ほら、今の若い子はすぐ辞めるって言うじゃん?」

もぐもぐとおにぎりを頬張った山崎さんが褒めてるんだか貶してるんだか、そんなことを言うから先ほど出てしまいそうになった涙が一瞬で乾く。黙っていれば山崎さんが私の顔を見て焦ったように「褒めてる!褒めてるんだけど!!」と言った。その顔が必死すぎて笑ってしまった。

「大丈夫です。山崎さんが優しいのは知ってます」

「そ?良かったー。トドメ刺しに来たとか思われたらどうしようかと思った」

それから山崎さんはいつものように、自分が怒られまくっていたという新人時代の話をしてくれた。以前は私と同じ部署にいたらしく、山崎さんもしょっちゅう部長に怒鳴られていたそうだ。

「多分部長、カルシウム足りてないんだよ。だからいつもあんなにカリカリしてさー」

私を元気付ける為か、いつもこうして昼休みを付き合ってくれる山崎さんは本当にいい人だと思う。優しいんだよなあ。

「まあ俺はさ、結局部署移っても部長に呼び出されたりするから未だに怒られるけどね」

ハハッと笑った山崎さんにつられて私も笑った。昼休みが終わるまでそんな話をしていた。山崎さんが腕時計を確認して「そろそろ戻らないとね」と言い出し、私は溜息を吐いてしまった。まだ部長は怒っているだろうか。だとしたら憂鬱である。午後は何事もなく終わってくれるだろうか。はあー、と本日何度目か分からない溜息に山崎さんが私の背中を叩いた。

「そんな顔してたらしなくていいミスしちゃうよ。部長はどうでもいい人にはそんなに怒らないんだ。これは秘密だけど、俺たちには苗字さんのこと凄い頑張ってるって褒めてるから」

自信持って!ともう一度私の背中を叩いた山崎さん。本当、この人には何度救われているだろうか。

「…痛いです」

「あっごめんごめん」

本当はありがとうございますと言いたかったのに、言えなかった。込み上がる感情が言葉にできないほど複雑で、ありがとうございますなんてありきたりの言葉じゃ伝わらない気がした。それもこれも山崎さんの優しさがあってこそできる照れ隠しだけど。

「よし!午後も頑張るかー。あ、そうだ。部長が明日朝一のクレーム対応、俺と一緒でいいって言ってたけどどうする?一緒に頭下げ行く?」

そう言った山崎さんは付け加えるように「焼肉でいいよ?」と笑った。別部署の山崎さんと一緒でいいという部長も年下に奢らせようとする山崎さんも、私のこの言葉に表せない複雑な感情を余計にごちゃごちゃさせる。

「お願いします。ただし安いところで!」

「おっけー。じゃあ部長には伝えておいて」

また明日。そう言った山崎さんは優しいけど時々、意地悪そうに笑うくせがあるらしい。

prev next

[しおり/戻る]