高杉晋助




「お前、俺のこと好きだろ?」

「…は?」

会社の飲み会で、今日の主役だと思われる赴任して来た人に言われた。何言ってんだこいつ、と眉間にシワが寄る。綺麗な顔してるなあとは思いましたけど。
目の前のグラスを握り、一気に流し込んだ。どんな返しが正しいのか分からないけど…自信たっぷりな顔して「俺のこと好きだろ?」とか言うような人がタイプじゃないことだけは声を大にして言いたい。

「さっきから俺の方ばっか見てんじゃねえか」

「見てません。貴方様の後ろに貼られてるメニュー見てました」

「そんな熱っぽい視線でか」

「そうです。熱っぽい視線で、です」

なんかがっかりだわー。もっと落ち着いててもっともっと大人っぽいのかと思っていた。勝手な想像だけど。顔がタイプだったから性格までも紳士的で私の理想そのものだと勝手に妄想して、かなり見てしまっていたのかも知れない。

「高杉さんって、そういうキャラなんですか?」

「どういうキャラだよ」

「もっと紳士的な方かと思ってました」

「勝手に人のことあれこれ決め込むな。迷惑だ」

お前が言うか、お前が。初めての会話が「お前、俺のこと好きだろ?」とかだったくせに。変わってる人なんだな、うんうんと首を縦に振る。残念なイケメン、的な感じなのだろうか。顔がドンピシャなだけに少し複雑だ。
ガヤガヤと煩い方へ目を向ければ高杉さんをこの課に引き抜いた張本人坂田さんが、女の子を両手に抱き楽しそうに酔ってらした。

「なんだ?今度は銀時か。そんなに男に飢えてんのか?」

「まさか。楽しそうだなあって思っただけです」

「騒がしいだけだろ」

「ご友人なんですよね?そんな嫌そうに言わなくても」

「腐れ縁だ」

ぐびっとグラスを空けた高杉さんが立ち上がった。しかし全く会話に参加せず、序盤から話しかけるなオーラをばんばんに出してた高杉さんの周りは私くらいしかいない。誰も主役が立ち上がろうが気にも留めない。人集りは坂田さんの方だけである。

「えっ?帰るんですか?」

「頼まれてた時間はもう終わるからな」

「頼まれてた?」

「ああ。歓迎会だから少しでもその場にいてくれって、銀時が」

そう言ってジャケットを着た高杉さんは私の荷物を持った。へ?と間抜けな顔をすれば腕を掴まれる。そしてそのまま店を連れ出された。

「高杉さん、待って、待ってください」

「今度はなんだ」

なんだ…?勝手に連れ出しといて?なんだって、こっちの台詞だ。この人やっぱり変な人なんじゃないだろうか?顔だけイケメンの中身コミュ障とか、そんなんじゃないだろうか。腕を振り払い、キッと睨みつけてみる。しかし顔がタイプなだけに照れてしまいすぐに目を逸らした。

「怒ったり照れたり忙しい奴だな」

「照れてませんっ」

「その顔でか」

「そうです、この顔も怒ってる顔です」

そうかよ、と興味なさそうに言った高杉さんが手を挙げてタクシーを停める。結局何故私も連れ出されたのだろう。帰るんですか、そうですかそうですか。私も帰ろうと膝を返せば肩を掴まれそのままタクシーに投げ入れられた。

「なっ?!」

このままホテルとか連れてかれるのだろうか?勘弁してほしい。飢えてるのは私じゃなくてそちらじゃないか!降りようにもドアのところに立ちはだかる高杉さんが邪魔をした。

「嫌ですよ!行きません!しません!」

顔はタイプだけど。ものすごくタイプだけど。どうせ遊ばれるんだ。この手のイケメンは女を我が物顔で遊び捨てるんだ。
降りますっと大きな声を出した私なんて見えてないかのように高杉さんがタクシー運転手にお金を渡した。

「五丁目まで」

そう言って自分は乗り込まずドアを閉める。え?と不思議な顔をすれば高杉さんはそのままこちらへ背を向けて駅の方へと歩いて行った。

「なんで、私の家…」

五丁目といえば私の家があるではないか。今日初めて会ったし、会話の中で住所なんて言っていない。不思議すぎて何故?どうして?とハテナが頭にたくさん浮かぶ。

「五丁目でいいんですか?」

「あっ、はい…すみません…」

タクシーが動き出した。高杉さんが歩いて行った駅の方を振り返っても、すでに人混みの中へ消えてしまったらしい。
変な人…だと思ったのに、そうでもないのかも知れない。この日はベッドに入っても高杉さんのことばかり考えてしまってうまく眠れなかった。



「頼むよ高杉。お前の歓迎会なんだから主役がいなきゃ意味ねえだろ。ただの飲み会になっちまうだろーが!」

「知るか。めんどくせえ」

まさかの新しい職場に、銀時がいるとは思わなかった。初出勤で自己紹介をするだけでも面倒くさいと思っていたのに、銀時の面を見て余計に面倒くささがでかくなる。それだけで今日は腹一杯だというのに、今度は歓迎会をするから参加しろなんてまじで厄日だ。

「頼むって。俺、お前のダチだって言っちまったんだよ」

「いつから俺はお前の友達になったんだ」

「なあー、頼むよ〜。女どもはイケメンが大好きなの。俺もイケメンだけど残念なことにお前もイケメンに入っちまうんだよ。な?頼むって」

苗字さん誘っちまったんだよ〜と銀時が顔の前で手を合わせた。苗字って誰だよ。知らねえ。めんどくさかったが、ここまで必死になる銀時がおかしくって「そいつが本命か」と聞けば間抜けな顔で首を横に振られた。

「違ェー違ェー。あの子、ほら窓際の席の。苗字さん。飲み会とか全然参加しないんだけど、歓迎会だからって無理に誘っちまったわけよ」

銀時が指差す方を見れば、その苗字と言われてるやつを確認することができた。至って普通、別段いい女というわけでもない。なんでそんな女のために俺が…と漏らせば銀時が「良好な人間関係を築くのも仕事の一環なんだぜ」と言った。

「1時間!いや、2時間でいいから!」

頼むって、としつこい銀時に「1時間だけな」と答えてやれば銀時は「さすが高杉。話が分かる男で良かったわー」と調子のいいことを言った。こいつは口から生まれてきたんじゃねえかと思えるほどに、べらべらとよく喋る。
初日ということもあり仕事という仕事がなく、銀時のいう良好な人間関係のために社員の情報が記載されているファイルを暇つぶしがてら見ていた。そして先ほど話題に出た苗字の名に目が止まった。

「同い年?」

そいつの生年月日を見て驚いた。同い年には見えない。あんなちんちくりん、色気もクソもねえ女が同い年ねェ…。ほんの少しだけ、どんな女か興味が湧いた。

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