食堂じゃありません、定食屋です


総悟くんが真選組の仲間を引き連れてやって来た日から、客がほとんど真選組の隊服を来た人たちだけになった。それまで来てくれていた人たちは真選組を見るなり顔を出さなくなった。おじさんに真選組って…と聞けば「みんないい人なんだけどねえ…」と苦笑いをしていた。噂に聞くと真選組はあまり評判が良くないらしい。

「なんでこいつらが居るんだ…」

総悟くんが通い出してから一週間後、ついに土方さんと他の人たちが鉢合せをした。店に入るなり嫌そうな顔をした土方さんと、「ありり?土方さんもよく来るんですかィ?」とすっとぼける総悟くん。「副長〜ここ空いてますよ」と手を挙げたのが山崎さん。ごっそーさんと丼をカウンターに置いてくれたのが原田さん。ノートに「会計をお願いするZ」と掲げてるのが斉藤さん。ガヤガヤと騒がしい店内で、ある程度顔と名前が一致してしまう自分が恨めしい。
山崎さんを無視して会計を済ませた斉藤さんのところへ座った土方さんが「おい」と呼んだ。

「いつからこいつらは来てんだよ」

「一週間前くらいからですかね」

「ッチ。昼飯もゆっくり食えねえじゃねえか」

そんなこと私に言われてもどうしようもない。むしろ私だって困っているのだ。なんか総悟くんに至っては四時間くらい居座るし。
何にしますか?と注文を取っていれば総悟くんが「なまえ」と呼んだ。私が返事するよりも先に土方さんが振り返る。

「あり?なんですかィ土方さん。アンタを呼んだわけじゃありやせんぜ?」

また舌打ちした土方さんが眉をピクピクさせながら「そういうことか」と呟いた。どういうことなの?と気になる。

「総悟、てめえが思ってるようなことは何もねえぞ」

「はて。なんのことですかねィ?俺ァなまえのオムライスが珍しく口に合いやして、今ではもう常連なんでさァ」

なァ?と話を振られたが初日以来オムライスを頼まれた覚えはない。むしろ私に毎回作らせるくせに毎回文句を言ってるじゃないか。
はあ…と返事をしたのが気にくわないらしく総悟くんが「ゲロ吐くぞ」と脅す。勘弁してもらいたい。総悟くんとゲロのマッチは私のHPをマイナスにできる威力を持ってるのだ。

「まあ、はい、そうですね、オムライス…」

もうなんだこれ。どうして私が総悟くんの顔色を伺ってなきゃいけないんだ。おじさんに助けを求めようと振り返れば首を横に振られてしまった。あれ?私これ生贄かなにか?
はあーと深いため息を吐いた土方さんが私を睨んだ。私が何をしたと言うのだ。

「な、なんですか…?」

「別に。ただ俺の方が通ってんのにオムライス食ったことねえなってだけだ」

「え、好きなんですかオムライス」

「嫌いではねえ」

俺の方が目かけてやってんだろってことだろうか。確かに一緒に頭を下げてもらったし、責任とるとか言ってもらったし…。その他大勢と同じ扱いしてんじゃねえ、特別扱いしろってこと?あれか、株主みたいな心境なのかな?と一人納得する。

「食べますか…?」

「マヨネーズ忘れんじゃねえぞ」

私が作ったオムライスに大量にマヨネーズをかけた土方さんは「美味え」と言ってくれた。しかしそれだけマヨネーズをかけたらきっとマヨネーズの味しかしないだろう。
ごっそーさんと言った土方さんにお粗末様でしたと返す。総悟くんは楽しそうに笑顔を浮かべながらこちらを見ていた。


真選組の溜まり場と言っても過言でないくらい、入れ替わり立ち代りやって来る皆さん。土方さんも段々と他の人と一緒に来るようになった。まあ主に山崎さんか近藤さんだけど。

「じゃあ俺焼き魚定食、ご飯大盛りで!トシとザキは?」

「うーん、じゃあ生姜焼き定食一つ、これも大盛りにしてもらえる?」

「カレーライスマヨネーズ乗せ。福神漬け忘れんなよ」

お願いね、と笑顔を見せてくれた近藤さんと山崎さん。土方さんは相変わらず煙草をぷかぷかしていた。
厨房に戻りおじさんに注文内容を伝えれば大きく口を開けて笑い出したから「え」と驚いた。

「ごめんごめん、なんだか定食屋っつーより食堂みたいだなって思ったんだよ」

フライパン片手に嬉しそうに話すおじさん。食堂と定食屋ってそんなに大差ないんじゃ?と考えていればおじさんが「なまえちゃんも働きやすいでしょう?」と言う。

「…働きやすいんですかね?」

どうだろうか。他のところで働いたことがないから比較ができないけど。

「接客慣れもあるんだろうけど、真選組の皆さんだと楽しそうに仕事してるじゃないか」

こういうのを若い子の言葉だとアットホームっていうのかい?と目尻を下げるおじさん。言われてみればそうかも知れない。土方さんたちは毎日来てくれるし、気づけば気張ることもなくなっていた。楽しそうに会話を弾ませる姿に私まで楽しい気分になる。

「土方さんのおかげ…ですね」

「なまえちゃんの頑張りのおかげでもあるよ」

ちらりと土方さんたちが座る方を見れば、なにやらギャンギャンと騒がしかった。ぱちりと目が合った近藤さんが「ごめんなまえちゃん水のデカンタもらえる?」とコップを掲げる。

「今持っていきます」

夏が本格的にやって来る頃、私は真選組の皆さんと知り合いや顔見知りとはまた違う、なんとも言えない距離になっていた。近藤さんと山崎さんにお水を注ぐ。土方さんはまだ少し残ってるから、とデカンタをテーブルに置けば眉間にしわを寄せ睨まれた。

「俺にも注げよ」

「…まだ残ってるじゃないですか」

「あと一口だろーが。気遣え」

「そんな睨まなくてもいいのに」

「睨んでねえよ」

「睨んでます。土方さんだけですよ、私がまだ怖くて苦手だと思ってるの」

土方さんの目が更につり上がったように思えて慌ててお水を注いだ。すると近藤さんがガハハと大きな笑い声を上げる。

「でもトシだけだろう?なまえちゃんが安心して話しかけてるのは」

「安心…?」

いやいや、普通に怖いんですけど。すぐ睨むし他の人と違ってそんなに話してくれるわけじゃ無いし。斎藤さんもあまり自発的に話す人じゃないけど、土方さんは別というか。

「トシは少し怖い顔をしてるが、優しいやつだって知ってるからだろう?」

それは知っている。土方さんが優しくて面倒見が良くて、私のことを気にかけてくれてるのも。

「まあ、はい、そうですね」

知ってますと答えた私に土方さんは「くだらねえことくっちゃべってねえでさっさと仕事しろ」と言った。…やっぱり怖くて苦手だと思う。