両親が影で私を厄病神と呼んでいることを私は知っている


お風呂から上がれば真新しい着物一式が用意されていた。どれを手にしても上等の物だと伺える。袖を通しながらあの怖い顔した人がこれを買ってきたのかと想像して吹き出してしまった。一体どんな顔して選んだのだろう。私が店の者だとしたらにやける顔を必死に抑えて接客するだろうな。

「じゃあなんだ?本当に関係ないっつーのか?」

「そうみたいですね。まあ、あの子の親はどこまで知ってたのか分かりませんが」

「ほら〜トシはなんでもかんでも深く考え過ぎるんだって。言っただろう?あんな普通の子が幕府相手に何かするなんて有り得ないって」

「それは分からねえだろ。近藤さん、あんたは誰でも彼でも信じ過ぎるんだ」

「まあ要するに今回の件は土方さんが一人暴走したせいってことで?ったく。しっかりしろよ土方ァ」

「…八割総悟テメェのせいだがな」

「やめて下せェーよ。俺ァ言われた通り情報聞き出そうとしただけですぜィ。良くねェなァ、責任転嫁するなんざ。さすが土方さん」

「テメェッ」

えっ、なに?なんか盛り上がってるんだけど。
先ほどの部屋の前で私はどうしたものかと様子を伺っていた。四人くらいの声がして、なんだか喧嘩してるみたいなんだけど私入っていいの?どうしようと突っ立っていれば中から「あ、どう?すっきりした?」と声を掛けられ「ふぁいっ」と変な返事をしてしまった。おいでと言われてすみませんと頭を下げながら部屋の中へ入る。

「今回はうちの者が失礼なことをしたようで申し訳なかったね」

先ほど救い出してくれたゴリラ風な人が頭を深く下げる。そしてトシと呼ばれた人がもの凄く納得いかない顔で「すまねえな」と口先だけの謝罪を口にした。この人、まだ私を疑ってるんだろうか。何も知らないって言ってるのに。

「いえ、大丈夫です」

とにかく、さっさと解放されたくて。とにかくこの人たちとこれ以上関わりたくなくて。本当ならこれ慰謝料取れるよね?と言いたいところをグッと堪える。多分だけど、この人たちと関わるとろくな事がない気がする。ではこれでと腰を上げた私に、可愛い顔した男の子が「お詫びに送ってやったらどうです?土方さん」と口を開いた。とんでもない。ほっといて欲しい。断ろうとした私よりも先にゴリラさんが「そうだな、そうしたらどうだ?」と言った。おい空気読め。私は嫌だぞ。土方さんどれ、誰なの。

「なんで俺がっ」

「だってトシが連れてきたんだろう?」

「そうですぜ。しかも無実の人をゲロまみれにしやがってなァ」

「それは俺じゃねえだろーが!」

「俺は土方さんに調書取れって言われやした」

「ゲロぶち撒けろとは言ってねえ」

「自白させんのもゲロ吐かせんのも似たようなもんでしょう。どっちも口から出てきやすし」

「全然違えわ!!」

怖い顔してる人が土方さん、そしてトシと呼ばれる人らしい。会話を聞きながら、各々の名前を確認していく。ゴリラっぽいのが近藤さん、可愛い顔した悪魔が総悟って人。そして運転してた人が山崎、ザキって人らしい。
二度と関わらないだろうけど一生覚えててやる、と名前を頭の中で繰り返した。

「なまえちゃん、だっけ?そういうわけでトシが送っていくからね。お詫びと言っちゃあれだけど、何かあったら力になるから。今回は本当に申し訳なかったね」

そう言った近藤さんに着物のお代を払おうとすれば首を横に振られてしまう。私が着てたやつはクリーニングに出してから返すとまで言ってくれた。この人、とてもいい人である。
結局断りきれず、土方さんと呼ばれる怖い顔した人が私を送ってくれることになった。しかもパトカーで。これは悪目立ちしてしまう気がする。

「家どの辺だ」

シートベルトしろ、と言った土方さんがエンジンをかける。住所を告げれば走り出すパトカー。勿論会話なんてものは無くて、ただ気まずく人生二度目のパトカーは空気が重苦しかった。

「あの、ここでいいです。もう見えるんで」

あそこです、と家を指差せば土方さんは「ここまで来たんだから家の前まで送ってやる」と言った。違う、遠慮してるわけじゃない。嫌なのだ、家の真ん前でパトカーから降りるのが。しかし土方さんは私が遠慮してると思ったらしい。気にするななんて言い出した。だから違うんだってば。

「着物はクリーニングが終わり次第返しに来る」

家の前で停まったパトカー。サイレンが鳴ってないとはいえ、まだ人通りも多い。街行く人がチラチラとこちらを見ている気がした。

「あの、その時はできたら…」

パトカーでこないで欲しいと言おうとして、別に悪いことをしたわけじゃないのにどうして私が周りの目を気にしなければならないのかと疑問に思う。これじゃあ世間体ばかりを気にする両親と変わらないじゃないか。

「あ?」

なんだよと言った土方さん。その時、店から出て来た母親と目が合ってしまった。パトカーに乗ってる私を見て血の気を引かせている。あーあ。最悪だ。だから嫌だったのだ。別に何もやましいことなどしていないけど。

「いえ、なんでもないです。わざわざありがとうございました」

「はっ、おいっ」

どこの家もこうなのかは知らないけど、うちは多分一般的な家庭とは少し違うんだと思う。他の家庭を知らないからなんとも言えないけど。
そんな変わってる家庭内部を人様に曝け出したくなくて、急いでパトカーを降りた。そして「どうしたの!なにがあったの!」とキンキンする声で話しかけてくる母を無視して家の中へ入った。今日は疲れたからもう部屋で休みたかったのに、客足の遠退いた店は暇らしく、母からパトカーに送ってもらった話を聞いた父までもが私へ居間に座るように言った。もうめんどくさい。どうせこの人たちもさっきの人たちと一緒で私の言ってることなんて信じないくせに。

「ちょっと出ると言って、パトカーで帰ってくるなんて…お前はうちを潰したいのか!」

頭を抱える父と、黙ってる母。ちょっと事情を聞かれただけだよと言ってみても何をやらかしたんだと聞き耳を持たないらしい。ずっと気になってたんだけど、あなたたちって私のこと愛してたことある?

「信じないならそれはそれで仕方ないけど私からは他に言いようがないよ」

"あなたたちが選んだ縁談相手のせいでこうなったんだよ"と言ってやっても良かったけど、店も上手くいかずこの人たちも切羽詰まってたんだろうなって、言わなかったのは私の優しさである。しかしそれは両親に伝わらなかったらしい。顔を赤くして握りこぶしを震わせた父が言ったのは「もうお前の面倒は見切れない」だった。

「お前ももう子どもじゃないんだ。うちを出て行ってもいい年だろう?うちはもう余裕がないから。だから」

そうか。だから急いで結婚させたかったのか。母が「ごめんね」と言った。この時の母の本心は分からないけど、一つだけ確かなことはー…

「それで私はいつ出てけばいい?」

「できたら明日。それが無理なら一週間後には出て行ってもらいたい」

私は家を追い出されるらしい。
今日は本当に厄日だと肩を下ろした。