酔っ払いの言葉は戯言かはたまた本音か


どんな話かってのはねィ。にやにやと私と土方さんを見ながら話を進める総悟くん。まだ一口もアルコールを摂取していないのにドキドキと心臓が喧しくなる。どこへ視線を向けていればいいのか分からずテーブルの上の冷奴をひたすら眺め、耳を傾けた。

「土方さんがアンタと結婚を考えてるって話でさァ」

「…は?まじで?」

さらっと言った総悟くんに私ではなく銀さんが反応した。まじで?なんで?急に?と、疑問符ばかりを並べる。私はというと結婚という単語の意味が理解できず頭の中で何度も結婚結婚結婚…と繰り返していた。

「あり?嬉しそうじゃねェーなァ」

ぶにっと箸で頬を刺される。隣からの攻撃さえぼんやりと結婚を繰り返す頭では反応もできなかった。
結婚、けっこん、ケッコン…

「ケッコン…?」

やっとこさっとこ口を開いた私に総悟くんが「らしいぜ」と言った。結婚ってあれだよね、結婚って、私の苗字がみょうじから変わるあれだよね?どうしてまた、急にそんな、ええ?!
総悟くんの言った言葉の意味を飲み込み、慌てて土方さんの方を見れば先ほどよりも目を座らせている。土方さんの前には空けられた瓶が増えていた。

「ひ、ひじか、」

頬杖をつきながらそんなとろけそうな目で見ないで欲しい。そんな優しそうな目で見ないで欲しい。酔っているから、完璧にお酒に飲まれているからそんな目なのだと分かっていても高鳴る鼓動は落ち着かない。
ああー…と口を開いた土方さんは「俺の女になるか」と言った。

「俺の、女?」

付き合うとか、そういうのをすっ飛ばして?え、てかこれはプロポーズに入るのだろうか?プロポーズってこんな、庶民的な居酒屋でするものなの?これはギャグなの?冗談なの?私の知っているプロポーズとかけ離れ過ぎていて、ここで舞い上がって返事をしていいのかどうかそれさえも分からない。

「酔ってますよね?」

「まあそりゃこんだけ飲めばな」

「ですよね…」

土方さんが酔っていると認めるのも初めてで、余計に訳がわからなくなった。総悟くんもさらっと言うし銀さんに至っては近藤さんと世間話を始めたし。土方さんがこういった手の冗談を言いそうにはないけれど…総悟くんが絡んでいるし…というか酔ってるし…
あとから傷つきたくなくて、自衛が働いた。土方さんが自分の為に注いだであろうお猪口に手を伸ばす。そのままグビッと勢いよく口の中へ押し込んで「プロポーズっていうのは酔ってるするもんじゃないですよ」と強気で出てみることにした。

「ああ?」

「私にも理想ってもんがあります」

得意じゃないお酒なのに、こういう時は早々簡単に酔わせてもらえないらしい。水とまでは言わないが、案外イケるもんだなと冷酒へと手を伸ばした。

「おい、お前っ」

この手のお酒が得意ではないことを知っている土方さんが制止する。その手を振り払った。私のその行動に土方さんが少し驚いたように目を見開く。

「夜景の見える高級レストランとまでは言いませんけど。花束片手に跪かれたりなんかしたいですよね、あっ、正装で」

「なんだそれ。どこの世界の話だよ」

「女の子はみんなロマンチストなんです」

「クセェ」

ないないないないと手を顔の前で振った土方さん。そんな土方さんのスーツ姿を想像してみた。そして行ったこともない、テレビでしか観たことがない夜景の見えるレストランを想像して大きな花束を抱えた土方さんも想像する。跪いて指輪を差し出すところまで想像して、顔から火が吹きそうになった。

「やっぱいいです。心臓が破裂すると思います」

「は?」

何言ってんだよと私の手からお猪口を取り戻した土方さんがまだ残っていた酒をゴクリと呑む。その姿にボソリと「間接キスだ」なんて呟いてしまえば、ちろりと横目でこちらを見ながら土方さんは「今更だ」と言った。ああもう、勘弁してもらいたい。

「なっんですか今日!!サービスが過ぎませんか」

「そう思うなら首を縦に振れよ。何勿体ぶってんだてめえ」

その瞬間、土方さんが私の両腕を掴んだ。勢い余ってテーブルが揺れてしまいグラスやらお皿やらが音を立てる。それに銀さんと近藤さんがうわっ?!と慌ててこちらを向いた。

「すんのかしねえのか、今すぐ決めろ」

真っ直ぐ私の目を見る土方さんはふざけてるようには見えなかった。触れた手から熱いくらいの体温が移ってくる。赤く染まった頬に充血してる眼。銀さんや近藤さんの視線を感じながらも土方さんから目を反らせなかった。

「いた、い」

小さく呟いた私に土方さんは「お前より1秒でも長く生きるつもりで言ってんだ」と言った。安易に幸せにしてやると言わないところがこの人らしいと、私は頷いた。