▽ ヤキモチ、焼き餅、妬気持ち
「こりゃあ…なんの因果だ?」
突然足を止めた銀さん。その肩口から覗き込むように店内を見渡せば見知った顔が3つ。あっ、と漏れた声に振り返った銀さんが「ここじゃアレだし店変えっか?」と言った。銀さんが目の前の立っているのに私の視線はその向こう、土方さんを捉えて揺れ動く。こんな時どんな表情すればいいかわからなくてとりあえず胡散臭い笑顔を浮かべてみた。
「なんだその腹立つ顔」
既にほどよくお酒を飲んだらしい土方さんは頬を染め少し顎を上げるようにして私を睨む。なんだか今日はすこぶる機嫌がよろしくないらしい。喧嘩腰だなぁ、なんて思いながら銀さんにこそっと店変えようと耳打ちをした。
「おいおい見せつけてくれるじゃねえか。顔寄せ合ってコソコソと」
「トシ?!」
ふらつきながら冷酒片手に立ち上がった土方さんへ近藤さんが慌てて手を伸ばした。足元はふらついているのに目だけはしっかりと私を捉えているらしい。真っ直ぐ向けられた瞳から憎悪がひしひしと伝わって、無意識に足が一歩後ろへ引けてしまった。
「逃げんじゃねえよ」
「逃げ、てないですけど?」
オロオロしている近藤さんを余所に何故かこの状況で総悟くんと銀さんは普通に飲み出している。あれ?銀さん?店変えるかとかなんとか言ってなかった?え?
「ちょっ、銀さ、」
「目反らしてんじゃねえ。こっち見ろ」
「うっわ、ちょ、土方っぶっ!!」
ぐにゅっと頬を押さえられてしまった。タコのように口を尖らせるかたちで押さえられている。ちょっと待って土方さん。私今すごいぶさいくな顔してない?
離して下さいと意味を込めて睨み上げてみたが、土方さんはヒクッと喉を鳴らして「あ?」と睨み返してくるだけだった。
「痛いです」
「知るかよ。気に食わねえ」
何が、と言おうとして言えなかった。気に食わねえんだよと繰り返した土方さんの声が数秒前と打って変わって弱々しく聞こえた。ゆるりと離された手は宙に浮いたままで、土方さんの後ろに心配そうな顔した近藤さんが見えた。
「…珍しいですね。酔っ払うなんて」
「酔ってねえわ」
「酔ってますよ、十分。お水要ります?」
土方さん?と浮いたままの手を取れば拒まれることなく受け入れられた。近藤さんに大丈夫ですと口パクで伝える。ホッとしたように席に着いた近藤さんを横目に土方さんへ「銀さんも座ってますしご一緒していいですか?」聞いてみた。
「も、ってなんだよ、"も"って」
「も?」
「万事屋"も"」
「あ、そういう」
拗ねた子どものようだ。顔を背け言葉の語尾は小さくなっていく。ただ重なっている手だけは少し力が込められていた。
「最近思いっきり避けてましたよね、私のこと」
「こっちも思うところがあったんだよ」
「なんですかそれ」
「…なんだろうな」
全くもって目は合わないけれど。握られた手に答えがある気がした。土方さんはよく自己完結をするらしい。そしてその都度距離を取られたり避けられたりする。そういえば前もこんなことあったなぁと頬が緩んだ。あの時も土方さんは酔っていた気がする。
ふふっと笑ってしまった私を見て「んだよっ」と不快そうに土方さんは眉を寄せた。
「いや、前にもこんなことあったなぁって」
「いつ」
「さぁ?いつでしたっけね」
まあいいじゃないですか、そんなことよりお腹空いちゃいました。
そう言って近藤さんたちが座っている席へと土方さんを引っ張った。今回はもうこれでいい。土方さんが私を視界に入れ、尚且つ情以上のものを見せてくれた。言葉なんかなくていい。あった方がいいに決まってるけど、別にそこに拘らない。だから。
「はーあ、めんどくせェー。昼ドラより話が進まねェーんで?さっさと進展させてくれやせんかねィ」
大きな溜息とともに総悟くんが口を開いた。枝豆をぴゅっと口の中へ放り込み、グラスを片手に喉を潤す。
「ちょうどアンタの話してたんですぜ?」
さあここはどう反応するのが正解なのだろう。ゆっくりと握っていた手を解いていく。土方さんはお猪口へ冷酒を注ぎながらそっぽを向いていた。
「私、の話?」
土方さんの様子を伺うようにして総悟くんへ返事をする。そうでさァと頷いた総悟くんは近藤さんへ「ねェ?」と同意を求めた。
「いやまあ、うん、その、」
歯切りの悪そうに、困ったように笑いながら近藤さんの目は忙しなく泳いでいる。近藤さんの反応から察するにこれは私に聞かせるべき話じゃないんじゃないの?と土方さんの表情をちらちらと盗み見するしかできなかった。もちろんどんな話をされていたのか気になる。気にならないわけがない。だって好きな人が私の話をしていたというのだから。でも、ここでグイグイ行くわけにも…そう思って近藤さん同様笑って誤魔化した私を余所にメニューを見ていた銀さんが口を開く。
「へえ〜どんな話よ?」
銀さんんんんんんんん?!?!
私の心の中は「なんでそこ突っ込んじゃうの銀さん?!」と「良くぞ聞いてくれたね銀さん!!」の二つの感情が行ったり来たりしていた。
土方さんは何を考えてるのかよく分からない表情のままだった。