再会はふとした瞬間、事故現場にて


縁談がなくなったー…。私がこれから先結婚しなくていいわけじゃないけど、今のところ無理に好きでもない、しかも父よりも年上の人としなくても良くなったのだ。人が一人目の前で殺されたというのに私の心は軽かった。そんな私をヒトデナシとでも言いたそうに見てくる両親のことはこの際気にしない。

「日がな一日家の中で寝腐っているだけで、何か思うところはないの?」

母親の嫌味も気にしない気にしない。テレビを観てご飯を食べて、またテレビを観て。夕方ごろ出掛ける。そんな日々が私は好きなのだ。
両親が呆れたように私を見ているのも知っていた。多分夕食を作っている今も次の縁談相手が早く決まらないかと思っているんだろう。それも金持ち限定で。そんなことを考えているとなんだか家に居るのも疲れてきたので出掛けることにした。

「今日夕飯いいや。外で食べてくる」

穀潰しが出掛けるのが嬉しいのか、父と母は私を見て少しホッとしていた。
特に当てもなく町内をぶらつく。まだお腹は空いていないし、何をしよう。頭の中で最近お気に入りの曲をなぞっていれば、突如激しい衝突音がして携帯が手のひらから落ちてしまった。何事?とキョロキョロ周囲を見渡す。少し先で事故を見つけた。ちらほら野次馬が集まりだしている。私も興味本位でそちらへと足を早めた。

「ったく、どこ見てんだテメェッ!ボサッとしてんじゃねえよ!」

「すみません!いやあの、でもこれ、俺がっていうか前に使った人がっていうか。今日午前中パト使った人誰でしたっけ」

「あ?責任転嫁してんじゃねえぞこら」

「俺はブレーキ踏んだんですよ?踏んだんですけど!」

「…待て。山崎、お前このパトどうした?」

「え?見回り行こうとしたら丁度鍵かかったまま門前にあったんですけど…」

「今日の午前中、総悟が見回りだったんだが…」

「もしかして沖田隊長、俺ごと葬ろうと…?ちょ、副長巻き込まないで下さいよ。勘弁して下さい」

「よしちょっとそこに跪け」

どうやら単独事故らしい。運転席と助手席から降りてきた男が言い争っていた。けが人は誰もいなかったのか、良かったとその場を離れようとしてふとあの人…と何かが引っかかる。知り合いだっけ?と振り返ってまだ怒鳴ってる人をよく見てみた。店のお客さんかな?いや、着物なんて着そうもない。じゃあどこで見たんだろう。

「おい山崎。お前顔に血ついてんぞ」

その言葉に頭の中でつい先日、縁談の日の出来事が回想された。黒い服、切れ長の目に怖い顔。低くてドスの効いてる声。あっ、と漏れた声ともう一人の「うわ、本当だ」という声が重なった。
えっと、なんだっけ。真選組だっけ?確か警察の…。電柱に激突したパトカーを見直せば真選組と書いてあった。

「これまだ動くよな?動かせ山崎」

「俺頭から血出てるんですけど」

「かすり傷だろ」

「いやなんかポタポタ垂れてきてるんですけど」

「おー良かったな。血も滴るいい男だ。ほらいいから出せ」

退け邪魔だ、と野次馬を睨んだ男と目が合ってしまった。なんだかその人の目があの日の記憶とリンクする。頬に付いた血液の温かさだとか、最期に見た夫となるはずだった男の黒ずんだ顔だとか。別にあの男になんの思入れもないので辛いとかそんな感情はないけど、躊躇なく人を斬った男の人を怖いと思った。慌てて目をそらして逃げるように野次馬の中を通り抜ける。「あ、おい!待て」と聞こえた気もしたが、あれは違う私に言ってるんじゃない絶対私に言ってるわけじゃないと心の中で言い聞かせた。やっと人混みを抜けられたと、安心して様子を伺うように振り返った時、トンっとおでこが後ろにいた人にぶつかってしまった。

「あっすみませ、」

「逃げることはねえだろ。みょうじなまえ」

「…なんっ」

「こないだのことで聞きてえことがある。屯所まで来てもらおうか」

見上げれば男が立っていた。不敵に笑みを浮かべるその男は、どう見てもお巡りさんには見えなかった。どんなに頑張っても警察官になんか見えなかった。

「知らない人についてくなって言われてるので」

「任意じゃねえよ、強制だ」

「怪しい人にはなにを言われてもついて行くなって言われてるんですみません」

「怪しいのはテメェの方だろ。警察の顔見て逃げるなんざ」

「今時の警察は族上がりを採用するんですか?」

「どういう意味だコラ」

ふざけてんなよ、と私を掴み先ほど電柱にぶつかりバンパーがカタカタいっているパトカーに乗せられた。運転席にいる男の人が振り返り「やっと見つかったんですか」と言う。まだ私の腕を掴んでる男の人が「総悟辺りが暇してんだろ、この女任せとけ」と言う。全く事態が飲み込めないまま、カタカタ煩いパトカーは走り出した。