三角関係のフラグはへし折った


喉が渇いて目が覚めた。ガヤガヤと周りが騒々しくて眉間にシワが寄る。
あれ、私何してたっけ?みたいな感じなら良かったのに完璧に隅々まで思い出せる自分の記憶力が恨めしい。

「目ェ覚ましやがったか、この酔っ払い」

「ひ、じかたさ、」

「その様子じゃ覚えてるみてえだな」

覚えてる、全部全部覚えてますとも…。総悟くんと飲み比べを始めて楽しくなっちゃって、それで絡んできた近藤さんを潰そうぜ無礼講だ!みたいなテンションになっちゃって総悟くんと作戦を練って野球拳をして…それで…

「皆さんのパンツ…」

「狩ってたな」

最悪だ、本当に最悪だ。しかもパンツ振り回して土方さんに迷惑かけた記憶までばっちり残ってる。ちょっと脈アリかもとか思ってたのにこれじゃマイナスだよマイナス。どこの世界にパンツ振り回す女好きになる人がいるんだろう。

「えっと、総悟くん、は」

「あっちで山崎とかと飲んでる」

「あ、そうなんですか…強いんですね」

「あいつはザルだからな」

淡々と話を続けてくれる土方さんの目を見れない。パンツ振り回してたの見られてるわけだし、しかも迷惑かけた私を眠らせたのも土方さんだし…あれ?そういえば私抱き締められ…た?抱き締められたよね?
記憶を思い返して体中が熱くなる。瞬きは多くなり、余計に土方さんの方を見れなくなってしまった。

「水飲むか?」

「ひっ?!」

「…水」

いつもよりも眉間のシワを多くした土方さんがミネラルウォーターを差し出してくれている。飲みすぎた馬鹿(私)を案じて水を勧めてくれているのに、ただそれだけなのにドキドキしすぎて気持ちが悪くなってきた。

「い、いらないです」

いやもう本当に、鎮まって欲しいこの心臓。動きを止め…たら死んじゃうからそれはダメだけどもう少し平穏を取り戻して欲しい。
二重の意味で恥ずかしくて逃げ場を探した。総悟くんのところは飲まされるからダメだし、近藤さんは…だめだ伸びてしまってる。山崎さんは…なんか一人でバドミントンしてるんだけど何してるんだろうあれ…
どうしようどうしようと焦ってしまった。複雑なのだ、今とても複雑な心境で整理がつかないのだ。パンツ振り回して迷惑かけただけでも穴があったら入りたいほどなのに、抱き締めてもらえたことで天に登りたくなる。複雑なのだ、下でも上でもいいからちょっと姿を隠したい。

「あれー?なに、またおたくらもいるわけ?おいおいいい加減にしてくれよ毎年毎年万事屋の花見に被せてこないでくれます〜?」

そんな私に救いの手が差し出された。振り返れば銀さん筆頭に神楽ちゃん新八くん、それからお妙さんがいた。

「あれ?なまえちゃんじゃん。ついに付き合っ、」

「銀さぁぁあああああああん」

「うおっ?!」

救いの手ではなかったらしい。今触れられたくない問題に触れてきた。皆まで言うな、分かったから貴方が言いたいことは分かってるから。散々相談に乗ってもらっているし、そりゃ真選組の花見にただのフリーターがいたら聞きたくなるのも分かる。分かるけど今はっ。
銀さんが最後まで発する前に、私は咄嗟に銀さんの胸へ飛び込んだ。よろけながら受け止めてくれる銀さんはさすがとしか言いようがない。

「なに、どったの?え?なにこの状況。なまえちゃん?おーい聞いてる?俺、なんかあそこの男に殺されそうなんだけど?え?」

「あらやだわ銀さんいつの間に?いつの間になまえちゃんに手を出してたんですか?なんですか?昼ドラ的な展開になるんですか?」

「なるわけねーだろーが!おい新八!お前の姉上おかしなこと言ってる!土方くん煽りまくってる!」

「はあ…銀さん…急に花見をしようなんて言い出すから何事かと思えばこういうことですか」

「違う違う違う!神楽がな?神楽が!お花見したいアルーとか言い出したから!なあ神楽ちゃん?」

「神楽ちゃんならあっちで沖田さんとメンチ切ってますよ」

「神楽ちゅあああああああん?!」

お妙さんがなにを言ってるのかは理解できないし、なんか銀さんは私を引き剥がそうとしているし、新八くんは頭が痛いと項垂れているけど…私だって土方さんを直視できないから、もうこの際万事屋の花見に仲間入れて欲しい。

「銀さ、私、私っ」

ちらりと顔を上げて土方さんの方を確認してみた。ばっちり合った目が殺すぞと言ってるようで背筋がピンっと伸びる。怒っている、あれは完全に怒っている。パンツを振り回したからだろうか?それとも遊んで欲しいとかわけのわからないことを言っていたからだろうか。ああそれともあれかな、抱き締めなきゃいけなかったから怒ってるのかな。土方さんってあまりそういうことしなそうだし…
ぐるぐる考えて入ればまだお酒の抜ききれていない体が悲鳴をあげる。気持ち悪くなってきた…と口元を抑えた私を見て銀さんが「ちょ、勘弁勘弁。俺に向かって吐かないでね?ね?なまえちゃん?」と肩を揺らしてきた。揺らさないで、今本当にやばいから。もう何か得体の知れないものが喉までせり上がってきてるから。

「銀さん、ダメ、吐く…」

「だめってそれ俺のセリフ!ちょっと土方くん?エチケット袋は?ねえエチケット袋は?」

「んなもんあるわけねえだろうが」

「それくらい用意しとけよチクショー!!仕方ねーなって、おいっ」

ふわっと体が浮いた。視界が揺れる。
顔を上げれば土方さんが視界いっぱいに入ってきた。

「我慢しろよ、厠まで走るぞ」

気持ち悪くて声が出せない。コクコクと頷いた。桜がふわふわ舞っている中、揺れる土方さんの髪は綺麗だった。


キュッと水道を閉めてふうーと息を吐く。内容物全てを吐き出してすっきりした。土方さんにお礼を言わなきゃと慌てて表に出ればなにやら難しい顔をして待っていてくれていた。

「土方さん」

「すっきりしたか?」

「はい、すっきりしました。ありがとうございます」

「あんなところでブチまけられたらこっちも困るからな」

言葉にトゲこそ感じるが、これが土方さんなりの優しさだと知っている。もうなんだかんだ一年になるんだなあと整いすぎている横顔を眺めた。
先ほど感じていた気まずさも恥ずかしさも吐き出したことによって薄れてくれたらしい。「戻りましょうか」といつものトーンで話しかけることができた。頷いた土方さんの先を歩もうとしたその時、「おい」と呼び止められた。
振り返り「はい?」と返事をした私に土方さんは「嫌いになるんじゃねえって言ったろうが」と言った。

「嫌いに、なる?」

誰が?誰を?私が土方さんを…?そんなことがあるのだろうか。いや多分ないだろう。
首を傾げれば土方さんの眉間のシワが深くなる。

「あれは仕方なかったんだよ。お前を大人しくさせる為には止む終えなかったつーか…」

あれってなんだろう。ますますわからなくて私まで眉間にしわを寄せてしまう。

「避けてんじゃねえよ」

「あっ…」

目をそらされて、声が漏れてしまった。そんな風に、顔を真っ赤に染める土方さんなんて見たこと…

「なに笑ってんだてめえ」

「ふふっ、だって土方さん…」

かっこいいだけじゃなくて可愛いんですもんというのは胸にしまっておこう。睨まれても笑っている私に舌打ちをした土方さんが行くぞと歩き出した。私も後を追う。
戻った先では本日二回目の野球拳が行われていた。勿論真選組対万事屋である。

「アウトッセーフッよよいのよいッ!はい私の勝ちアル!覚悟するヨロシこの腐れサディストォォォオオオ!!」

「上等じゃねェーかィこのクソチャイナァァァアアア」

何故か服を脱ぐのではなく、拳が飛びあっていた。