酒は飲んでも飲まれるな


残っていた仕事をやっと終えられたのは正午の鐘が鳴る頃だった。ふう、と息を吐き煙草へと手を伸ばす。今日は花見で屯所は閑散としていた。いつもは騒がしいここが、こんなにも静かだと片付けなきゃならない仕事が全て片付けられる。たまにはこんな日もいいもんだな、とゆっくり背を伸ばし一服しているとピロンと文机の端に置いてあった携帯が鳴った。
ー新着メッセージ一件ー
誰だ?とメッセージを開いてむせ返る。総悟からのメッセージにはべろんべろんになって野球拳をしているなまえの写真が添付されていた。

「あの馬鹿女、何してやがる!」

一息ついて、それからゆっくり行けばいいと思っていたのにこんなもん見ちまえばゆっくりなんかしてられねえわけで…。慌ててジャケットを羽織い屯所を飛び出した。少し目を離せばこのザマだ、あの馬鹿女一体何考えてんだよ。


人がごった返す花見場。あいつらはどこだ?と目を細めて素っ裸の男が視界に入った。それが全くの他人なら汚ねえもん見ちまったと思うがうちの大将だから頭が痛い。はあ、と深く溜息を吐いてその近くでまだちゃんと服を纏うなまえを見つけ出した。ああ良かった、あいつは脱いでねえか。目的の場所へ足を進める。まずは近藤さんに服を着せようと心に決めた。

「なにしてんだ近藤さん。公然猥褻罪でしょっ引かれんぞ」

ぽんと近藤さんの肩を叩けば完璧に出来上がった顔で「トシ〜」と抱きつかれた。素っ裸の男に抱き着かれて喜ぶ癖は持ち合わせていない。「おい、やめっ、当たってんから!近藤さんの息子がっ!」と慌てて引き剥がそうとすれば涙を目に一杯浮かべて「なまえちゃんが!俺の服を!」と訴えてきた。

「土方さん遅いじゃないですかあ」

「ああ?!」

おんおん泣きながら服が服が!と騒ぐ近藤さんを兎に角引き剥がそうとしていれば背後から呼ばれた。どう見ても取り込み中だろうが!と振り返って顔が引き攣る。

「おま、え…」

にんまり笑顔を浮かべるなまえが近藤さんのパンツ片手に立っていた。

「ぜーんぜん来てくれないから、こんなに空けちゃいましたよ」

ほら、となまえが指差す方には近藤さん同様衣類を剥ぎ取られたうちの隊士が団子のように集まっている。近藤さんに気を取られて気づかなかったが殆どが素っ裸になっていた。

「おいてめえ等こんなところでなに考えてんだ?猥褻物頒布罪でしょっ引かれてえのか!!」

下を向いて局部を隠している奴らがヒィッと肩を跳ねさせた。ヒィッじゃねえよヒィッじゃ。こんなの通報されたら一発でみんな仲良く塀の中じゃねえか。まともなやつまともなやつと辺りを見渡して山崎と総悟がその素っ裸の中に居ないことに気がついた。

「山崎ィィイイ」

「ふぁいっ!!」

後ろから顔を覗かせてを挙げた山崎を視界に捉えて絶句する。おい、俺のところから見えてるお前の上半身が肌色なんだが。

「てめえまでなにしてんだよ」

「違うんです副長!これは隊長がっ!」

「言い訳すんのか?ああっ?!」

「ちょ、聞いてください引っ張らないで!俺っあっ!!」

山崎の腕を引っ張って引きずり出した。露わになってしまった下半身に目を背ける。咄嗟に手を離せば山崎は慌ててそこを隠した。

「…すっすみません」

「…いや、なんか悪かったな」

野郎のブツを二本も見ちまうと妙に冷静になれるらしい。怒鳴っても埒があかないと悟る。落ち着きを取り戻そうと煙草を咥えてみた。

「なにがあったんだ」

「最初はなまえちゃんと隊長が騒いでたんですけど…そこに局長が加わって気づいたら野球拳が始まってまして…それで気づいたらこんな姿にっ」

「つまりみんなで野球拳をしてことごとく負けた、と」

「っつ!!なまえちゃんって何者なんですか?!強すぎるんですけっ、痛ッ!!」

「何者なんですか?じゃねえよ!!なにみんなで野球拳始めてんだ阿呆!」

山崎を引っ叩いて全員分の服を取り返そうとなまえの方を向き直す。目の座り切ったなまえが土方さぁんと呼んできた。惚れた相手とはいえ野郎のパンツを握りしめ呼ばれると悪寒が走る。

「飲み過ぎだ馬鹿」

「土方さんが悪いんですよ〜全然こないから。ね、総悟くん」

「そうでさァ。ちっとも来ないんでねィ、ちょっくらみんなでゲームしてやした」

へらへらしている二人。なまえが総悟くん総悟くんと妙に懐いてやがった。安易に想像できるが、多分気持ちいいくらい総悟に飲まされたんだろう。
総悟が絡んだゲームなんつーのはイカサマだろう。「正々堂々やれねえならやるんじゃねえよ」と総悟を睨めば舌をチロっと出しやがった。

「なんでバレちまうかねィ」

「大体想像つくわこんなん」

パンツを取り返そうとなまえへ手を伸ばせば「嫌!」と腕を後ろへ回されてしまった。嫌じゃねえよ、つかパンツ握りしめんな汚ねえから手離せ手!

「なにしてんだ、さっさとソレこっち寄越せ」

「嫌です!」

「なにが嫌なんだよ!お前には必要ねえだろ!」

「だってこれ渡したら土方さん私と遊んでくれないじゃないですか!」

「はあ?パンツなんざ持ってるやつと遊ぶわけねえだろ!!」

つか遊ぶってなんだよ。俺とお前が遊んだことなんかあったかよ。つか年考えろ年。花見で浮かれて遊ぶ年でもねえだろうが。
離せ、嫌です、離せ、嫌ですの攻防の終わりが見えず苛立ちが募る。めんどくさくなってきた。こいつ黙らせるのには何かいい方法…と総悟の横に置いてある酒が目につく。

「総悟、それ貸せそれ」

「これですかィ?こんなもんでなにす、」

「この女黙らせるんだよ」

総悟からの受け取った一升瓶。注ぎ口を開けて握りしめる。

「なまえ、ちょっとこっち来い」

「いーやーでーすー!」

酔っ払いっつーのは本当にタチが悪いな。つかこいつ酒癖悪すぎんだろうが。酔いが覚めた後絶対後悔するタイプだなこいつ。
これは卑怯な手だと分かっているけど仕方ねえ。出来れば意識と共に記憶も飛ばしてくれねえかなと思った。
パンツを振り回すなまえを押さえ込んで抱き寄せる。後ろから総悟の指笛が聞こえて舌打ちが出ちまった。誰のせいでこうなったと思ってんだよあのクソガキ。

「嫌いになったとか言うんじゃねえぞ」

「へっ、なにするん、」

なまえを腕の中に収めて、開いた口に酒を流し込む。一升瓶の口ごと突っ込んでやった。ドンドンと胸板を叩き反抗していたなまえだったが何口目かの酒をごくんと飲みこんで目をトロンとさせる。

「土方さ、」

カクンと腕の中で意識を飛ばさせることに成功した。呼吸は落ち着いてるしまあ大丈夫だろう。頚動脈に手を添えて脈が安定していることも確認した。

「酔わせて眠らせたんで?さすがはむっつり土方さん、やることが姑息だねィ」

「仕方ねえだろ、パンツ取り返さなきゃいけねえんだから」

「へえ。じゃあ個人的な感情は関係ないとでも?」

総悟が俺から酒を奪い返し、ゴクゴクと喉を潤わせる。ッチと舌打ちをした俺に「そんなに俺と仲良くしてるのが気に食わねェーんですかィ」と言った。

「…てめえだけじゃねえよ」

「やけに素直ですねィ。つまんねェーなァ」

腕の中で寝息を立てる女を見下ろしながら、こいつにブツを見せた野郎どもへの粛清を考えることにした。