本日は晴天、お花見日和です


「変じゃないよ、ね?」

鏡に映った自分を前後左右斜め後ろ、見える範囲で確認する。今日の為に奮発した桜モチーフの髪留めが首を動かすたびに揺れていて気分が高まった。九時開始のお花見。その前におじさんが店に寄ってってと言っていたから早めに家を出ることにする。休みの日に土方さんと会うのは初めてのことで、顔が緩みきっていた。

「おはようございまー…」

「ああ、おはようさん。あれ?今日なんか雰囲気違くないかい?」

店の裏口から顔を覗かせればおじさんがお重に玉子焼きを詰めているところだった。休みなのに厨房はフル稼働している。「え?」と驚いた私に「みんなの分もあるよ」とおじさんは笑った。

「手伝いますっ」

おじさんが何を用意してくれてるのか理解できて慌ててエプロンを手に取った。さすがに手ぶらはまずいと思ってお酒を買ってはいたけど、そうかそういう手もあったのか。もう殆ど出来上がっているお重に自分の気の使えなさを実感する。おじさんにすみませんと言えば肩を叩かれた。

「何言ってんの。娘がお呼ばれしたんだ、俺にも出来ることはさせてくれよ」

その言葉に胸がじんと熱くなる。ナチュラルに娘と言ってくれることも、私のことをこんなに気にかけてくれることも。下唇を噛み眉を寄せた私を見て嬉しそうに笑ったおじさんは「こういう時はありがとうって言ってくれると嬉しいなあ」と言った。ありがとうでいいのだろうか。負んぶに抱っこに肩車までしてもらってるのにありがとうなんかでいいのだろうか。

「あーもう。おじさん大好き!ありがとうございます」

ありがとうなんかじゃ足りなくて、大好きなんて言葉では伝わりきれないかも知れないけど。私の語彙力ではこれが限界だった。泣きそうになった私におじさんは「折角粧し込んでるんだから泣かない泣かない」と声を弾ませて唐揚げを口に突っ込んでくれた。お店の看板メニューとも言える柚子胡椒味の地鶏唐揚げは今日も絶品だ。


「おー来た来た!座って座って」

お花見会場に着いて人の多さに驚いた。おじさんもお花見に行くと言っていたからどこかで会うかもと思ったけど、この人集りでは難しそうだ。江戸中の人々が集まってんのかってくらい人がごった返していた。その中で一際目立つ集団。隊服で参加するらしく、桜色がひしめき合う中で黒はとても目立っていた。

「えっと、本日はお誘い頂き誠にあり、」

「なーに堅っ苦しいこと言ってんの!今日は無礼講無礼講!なまえちゃんも楽しんでってよ」

私を呼び止めてくれた近藤さんは既にお酒を煽られているらしい。完璧に結った髪の毛をくしゃくしゃに撫でながら笑っていた。ちょっと近藤さん、髪飾り取れちゃっ、取れちゃう!!

「ああそうだ。これおじさんからなんですけど…あとこっちはお酒です」

お重と風呂敷に包んできた日本酒を近藤さんに渡せばぱあっと顔を輝かせありがとうと言ってもらえた。お重は私詰めるの手伝っただけなんですけど…すみません。

「おーい皆んなァ!なまえちゃんが食い物と飲み物持ってきてくれたぞ〜」

近藤さんが隊士の方達にそう言うとドッとこちらに押し寄せる黒づくめの男達。みんなもう近藤さん同様少し飲み出しているらしく「あざーす」と敬礼してくれた。その勢いに圧倒されてしまう私。店でも騒がしいと思っていたがあんなのは全然静かな方だったようだ。

「トシはもう少ししたら来ると思うから、なまえちゃんは先に総悟たちと飲んでなよ」

総悟〜と近藤さんが呼べばアイマスクを頭に乗っけた総悟くんがひょこっと顔を出した。

「なまえちゃんが来てくれたぞ」

ほらほらなまえちゃん、楽しんでねと背を押されて総悟くんたちの方へ押しやられる。総悟くんが「ババア、酒は飲める口かィ?」と聞いてきた。

「飲めなくはないけどあまり強くはないよ」

「へえ。じゃあこれ飲みやす?」

はいどーぞ、なんて総悟くんが注いでくれた。怖い、その気遣いが怖い。私をババアと呼び土方さんとのことを全力で邪魔する総悟くんが私にお酌してくれるなんて、明日は槍でも降って来るんだろうか。

「…毒でも盛った?」

「何わけわからねェーこと言ってんでさァ。ほれ花見酒でさァ。花びら浮かせなせェ」

「ちょっ、落ちてる花びらなの?!なんか踏まれて色変わってるんだけど!茶色いんだけど!」

「大丈夫でさァそれ俺がさっき踏んだだけなんでねィ」

「わざわざ踏んだやつ拾ってこないでよ」

「アンタの為に取っといたんでィ」

大丈夫でィ洗ってあらァと言われても変色してる花びらは気が進まない。ええー、とぶう垂れた私に総悟くんは「いいから飲みなせェーよ」を無理矢理お猪口を口へ押し付けた。溢してしまうわけにもいかず流し込む。鼻を抜けるニオイと喉を通るそれに完全に目が醒めた。これ、鬼嫁?!あの度数が高い鬼嫁じゃない?!口に残った花びらをむせ返りながら吐き出した私の背中をバンバン力強く叩く総悟くんは楽しそうだ。

「俺のお気に入り飲ませてやりやした」

「…私強くないって言ったよね?」

「大丈夫でさァ、そんくらいで中毒症状なんざ出やせん」

「そうじゃなくってね?」

「まあまあ、今日は無礼講なんでねィ。年上年下関係なく楽しみやしょーよ」

ほれ、飲みなせェ。と笑顔で注いでくれる総悟くん。鬼嫁ロックなんて無理だ、今の一口でさえむせ返っているのに無理だ。ああなんか目が回りそう。

総悟くんは自分のお猪口が空になる度、私にも注いでくれた。もう要らないと言っても全く聞く耳を持ってくれない。気づけば二人で一升空けていた。

「おいババア、強ェーじゃねェーかィ」

「そっちこそ未成年のくせにやるじゃんか」

何が楽しいのか分からないがお酒の入った私たちは二人で肩を組み、互いの顔を見てゲラゲラ笑っていた。そしてまた新しいお酒を注ぎハイペースで飲んでいく。あれ?私って案外お酒に強いの?
日本酒は苦手なはずなんだけどなあ、とボヤけば総悟くんが「こんだけ飲んでりゃもう味なんて分かりゃしねェーよィ」と言った。確かに水を口に含んでみてもお酒の味がする。

「そんなに酔わせてどうするのー」

酔っ払いとはめんどくさいもので…そんなダルい絡み方も出来てしまうらしい。二人でゲラゲラ笑いながらわけも分からず盛り上がる。

「俺ァこのあととっておきの楽しみがあるんでさァ」

その為にはもっと飲みなせェもっと飲みなせェと総悟くんは私に酌を続けていた。この時の私は総悟くんの企みを見抜ける余裕などもうすでに持ち合わせていなかった。いや、素面でもこの人の腹の中など読めるわけないけど。