早く付き合っちまえよと誰しもが思ってます


昼時のピークを終えてひと段落すると、私はそわそわし始めてしまう。そんな私をおじさんがニヤニヤしながら見てくる。カウンターに陣取り朝から絶賛職務放棄中の総悟くんも呆れた様子で「アンタ本当に馬鹿ですねィ」と言っていた。
お客さんがやって来たのを知らせる音がすれば戸の方を一目散に確認してしまう。そんな私を総悟くんは気持ち悪いと言った。

「…総悟テメェこんな所に居やがったのか」

「俺ァ普通に飯食ってただけですぜィ?どっかの誰かさんと違ってなァ」

土方さんの来店に顔を歪ませた総悟くんは帰ると席を立つ。勘定と私を呼んだ。

「帰っちゃうの?どうせサボるんだからゆっくりしてけばいいのに」

「なにが悲しくて胸焼け起こさなきゃならねェーんでさァ」

胸焼けってなんだ胸焼けって。じっと総悟くんを見ていればこっち見んなババアと言われて舌打ちが出てしまった。私のことババアって言うならお前はクソガキだよクソガキ。しかし憎めないのは総悟くんが案外いい子だと知っているからである。
お会計を済ませた総悟くんを見送って土方さんのところへお冷を持って行った。

「お疲れ様です」

「…おう」

「何にしますか?」

「メニュー表」

「どっちのがいいですか?」

メニュー表、それが私の作った土方スペシャルの小さな方だと分かっていてそんな質問をしてしまった。土方さんがこれくらいでは怒らないと学習済みだからだ。
あの日、土方さんに気持ちを伝えた日、土方さんは答えをくれなかった。嫌われてなかったことが嬉しくて、拒絶されなかったことが嬉しくて。泣いてしまった私を抱きしめてくれちゃった土方さんは「店に顔出す」と言ってくれた。そして本当に次の日から前と変わらず毎日来てくれる。しかも有難いことに諦められないと言った私をめんどくさがらず相手してくれている。それに甘えてガンガンアピールをしているんだけど…

「毎日毎日同じやり取りすんなよ」

「だって少しでも長く土方さんと話してたいんですもん」

照れもせずそんなことを言った私の方を見て土方さんは溜息を吐いた。そしてお前なぁ…とボヤきエプロンのポケットから土方さん専用のメニュー表を取り出した。

「つかもうこれ俺が持っててもいいんじゃねえの」

「ダメです。店のものですよ」

「くだらねえ会話に使うんじゃねえよ」

「くだらなくないです、そうでもしないと土方さんと会話ができないからです」

吹っ切れたというのは心強いものらしい。彼女になれたわけではないが少しずつ距離が縮まっていればいい。

「何にしますか?」

「カツ丼サラダ付」

「私が作ったのとおじさんが作ったのどっちがいいですか?」

「んなもんどっちでもいい」

「じゃあ私が作ります」

「…好きにしろ」

へへっと笑った私に「ったく」と呆れから溜息を吐いた土方さん。おじさんにカツ丼一つ入りましたと言えばにこにこしながら「良かったね」と言われた。多分おじさんにも真選組の人たちにも私の気持ちなんて筒抜けだろう。別に今更隠す必要もないけど。
私の作ったものを食べる土方さんを見て幸せな気持ちになる。大した用もないくせに話しかける私をめんどくせえと言いつつも相手してくれる土方さんは優しい。とんでもなく優しいと思う。私ならこうも毎日好きですアピールをされてしまえば嫌気が差してしまいそうなものだ。

「それで明日は定休日じゃないですか。だから買い物にでも行こうかなって思ってるんです」

「そりゃ良かったな」

「春になるしペディキュアの色も変えようかなって。手は仕事柄出来ませんけど」

「ペディキュアってなんだよ」

「足の爪のマニキュアですかね?」

「へえ。女はやれ美容院だやれエステだって忙しいんだな」

「私は自分でやりますよ。そんなものに一々お金掛けてられないですし」

土方さんがやってくる時間帯は暇な方で、私が土方さんと話してる横でおじさんは新聞を読んでいた。きっと土方さんもおじさんも私の足の爪の色なんて興味だろうに、文句も言わず話を聞いてくれていた。あ、もしかしたら右から左に流してるだけなのかも知れないけど。

「そういえば土方さんの好きな色ってなんですか?」

「は?好きな色?」

特にねえなと言われてしまい会話が途切れる。なんだ残念、土方さんの好きな色があったら次のペディキュアはそれにしようと思ったのに。
ご飯を食べてるのにずっと話しかけてたらうざいかな?とおじさんの方へ行こうとした私に土方さんが「ああでも、」と口を開いた。

「銀色だけはやめとけよ」

「え?」

「ぱでぃだかぺでぃだか知らねえがその色決めてえんだろ」

ごっそーさんと丼を置いた土方さんがこちらを向くから目が合った。口を開けたまま言葉を出せないでいる私に「何、違えの?」と真面目な顔して言ってくる。

「違くないですけど…」

「じゃあなんでそんな間抜けな面晒してんだよ」

「だって、言ってないの、に」

鼓動が早くなって心臓が痛い。瞳孔の開き切った切れ長の目はお世辞にも優しそうに見えないのに、土方さんの目が少し細められてまたもやどきりとした。

「会話の流れで分かんだろ」

「っつー…」

この人に惚れない人がいるなら会ってみたいものである。ああだめだ、絶対諦められっこない。

「土方さんって女慣れしてますよね」

「はあ?なんでそうなんだよ」

勘定と言う土方さんは来店してから一時間も経たずして帰ってしまうらしい。いつものことだけどやっぱり忙しいんだな。分かっていても会えない時間の方が多いことに少し寂しくなった。
好きだと伝えたのに前のように店で会える。それだけでも多分すごいことなんだろうけど…それは相変わらず定休日には会えないというわけで。

「ありがとうございました」

お釣りを渡し頭を下げた私とおじさん。
「毎度っ」と言ったおじさんに土方さんはごっそーさんまた来るわと手を挙げた。私にはまた来るとは言ってくれないわけで…そりゃ私の店ではないけど。
寂しいなあと思いながら出て行く背に手を振っていれば不意に振り向かれて目が合ってしまう。まさか振り向くなんて思っていなかった。どきりとして目をそらさずにただ笑顔を作ることしかできない。

「今日店終わったら電話しろ、それまでにどうにか仕事終わらせんから」

「あーりょうか…え?」

ガラガラと閉められた戸。ひらひらと振っていた手は力なくただ浮いているだけになってしまった。「おー良かったじゃないか」と私の肩を叩くおじさんは今日一番の笑顔なのに、それにも言葉が返せない。え?え?としか言わない私におじさんは「うちも今日は早めに店閉めちまおうかな」なんて言っていた。

「おじさん、今のって…土方さん、え?」

「なまえちゃんは脈なしなんて言ってたけど、そうでもないってことじゃねーのかい?」

「いや、だって、土方さんは全然そういう感じじゃないの、に」

「そうかい?俺には付き合ってないって方が信じられない会話をしてるように見えるけどね」

「付き合って…え?え?!もしかして土方さん少し私のこと気になってたりしますかね?」

「…今なら沖田さんの気持ちが分かる気がするよ俺も」

「私のこと病気だとかババアとか思うってことですか?」

「そうじゃないよ。まあ何にせよ俺は二人の応援隊第一号だからさ」

若いっていいねえ〜と古い歌謡曲を口ずさんだおじさんは本当にいつもより早く店仕舞いをしていた。まだ夕方にもなっていないですおじさん、まだ早すぎる。