貸しだ借りだの関係性


見回り途中、気に食わないあいつとばっちり目が合っちまって煙草の吸い口に歯型がつく。ヘラっと歯を見せひらひら手を振ってきやがるもんだから余計に腹が立つ。いつだって会いたくねえとは思ってるけど今は尚更顔なんざ合わしたくねえ。「よう」と声を掛けられて舌打ちが出た。

「そんな怖ェー顔すんなって。丁度おたくに話があったんだわ」

「そうか。あいにく俺は何も話したいことはねえな」

「またまた〜そっちだって俺に聞きてーことあんでしょうよ」

「ねえよ」

お前と違って俺は暇じゃねえとそのまま通り過ぎようとした時、万事屋が俺の腕を掴む。

「痛えな…なんだよ」

「例えばそうだなー…なまえちゃんの話とか?」

…総悟といいこいつといい、なんだって俺を挑発しやがる。ねえよ、なんにもねえんだよあいつに関わる話なんて。聞きたくも話したくもねえんだよ。
"なまえ"という名前に余計に苛立つ。離せと睨みを利かせても万事屋は手を離さなかった。

そのまま流れでやって来たファミレス。こいつと飯を食うことになるなんざ思ってもいなかった。つか金持ってんのかよ?さっきからえらい頼んでんけど俺は絶対お前なんかに奢ってやらねえぞ。
「いちごDXパフェお待たせ致しました」と運ばれてきたものにも腹が立った。総悟の言っていたプリンパフェを彷彿させる。ここはファミレスで、目の前で食われてるのはいちごパフェなのにあの店でこいつがプリンパフェを食っているのが易々と想像できた。

「話ってなんだよ」

さっさと帰りたい。こんな野郎と一分一秒だって一緒に居たくない。仲良く飯を食うなんてありえねえだろっと先程から煙草が物凄い速さで灰皿に埋まっていく。

「昨日なまえちゃんから聞いた」

口の周りにクリームをつけながら男は淡々と話す。男のくせに生クリームなんつーものを口につけて…そんなどうでもいいところにさえ目がいって腹立たしく思う。この感情がテメェの妬み僻みからきているもんだと分かっているからどうしようもない。俺には何も言わねえのに、昨日は定休日のはずなのに、どうして万事屋とは会って話すんだよ。

「で?何を話したのか知らねえが俺に言うことじゃねえだろ。別に俺はあいつの保護者でもなんでもねえよ」

帰ると腰を上げた俺を挑発するかのように笑いやがる。その姿が最近の総悟と被った。こいつら本当にいい性格してやがる。

「何の話って、わざわざ呼び止めてまですることなんざ誰かの話に決まってんでしょうが」

座れよと言われて素直に座りたくはねえが…その誰かが俺だったらいいのに、なんてー…
素直に腰を下ろした俺を満足そうに見て、万事屋は口を開く。最近店に顔出してねーらしいな?なんて切り出した。

「別に。お前と違って忙しいだけだ」

「へえ。ならそれ言ってやれば?毎日行くって言ってたんだろ?心配してんぞ」

「はっ。喜んでるの間違いだろ。いいんじゃねえの?俺が居ようが居まいが関係ねえらしいし」

餓鬼臭い、とんでもなく餓鬼臭い。俺が言ってることは全てどれを取ってもへそを曲げて拗ねてる餓鬼の言葉だ。自分自身にも腹が立って仕方ねえ。ッチと舌打ちすれば余計に腹ん中がどす黒い感情でぐるぐる一杯一杯になっていく。

「なあ、なんですまいるで働くのはダメだったんだ?一週間だろ一週間」

「は?なんでお前がそれを知ってんだよ」

「だって俺が頼んだんだし?」

また腹ん中のどす黒いものが濃くなっていく。つい最近仲良くなったのかと思いきや俺の知らねえところでもっと前から知り合ってたらしい。そんな素振り一切見られなかった。へえと返した俺に「だからなんで?」と万事屋は掘り下げる。

「…別に。ただおやっさんに散々世話になっといて無断で休んでしかも副職なんつーのは失礼だろうってだけだ」

「おたくは?」

「は?」

「おたくには関係なくね?」

関係ない?関係ないわけねえだろ。あいつがおやっさんと働く上で俺は責任取るとか言っちまってるわけだし。つかその前にいろいろあって…それで…
違う、俺はあいつが他の男に尻尾振ってるのが気に食わなかった。他の野郎に愛想振りまくことが気に食わなくて無理矢理辞めさせた。おやっさんに失礼だなんて最もらしい理由をつけて、結局俺は俺の為に動いていた。そんなどうしようもない独占欲を見透かしているかのように万事屋が笑う。なんだよほっとけよ、関係ねえだろうが。

「ま、いいけど。なまえちゃんもそのことに関しては気にしてねーみてェーだし」

なんなんだよ。やけに回りくどい。こいつが何を考えていて何を言いてえのか分からない。またも煙草へと手を伸ばして、これがラスイチだと知った。帰りに煙草屋にでも寄ってくかと空になった外装を握り潰す。

「俺となまえちゃんの仲、疑ってんじゃねーの?」

パフェ(ただの糖分の塊)を平らげた万事屋が水をコップ一杯飲み干してげっぷをした。その行為に顔を歪ませる。汚ねえな、こっち向けてげっぷすんじゃねえよ。

「何言ってんだ?」

「言葉そのままなんだけど伝わらねー?」

「お前とあいつがどうなろうが俺に関係ねえだろ」

「キャバクラで働くことさえ許してやれねーのに?」

「だからそれはっ!」

「あーはいはい。おやっさんがね、はいはい〜」

耳の穴をほじりながら分かった分かったと言うこの男をぶん殴りてえ。苛立ってまだあと少し吸えたであろう煙草を灰皿に押し付けてからこれがラスイチだったことを思い出した。ったく、こいつのせいで勿体ねえことしちまった。

「安心しろって。俺はどっかの誰かさんみたくなまえちゃんをそういう目で見てねーから。神楽と同じように思ってんから」

「知らねえよ」

「あ、今安心したでしょ?あれ?土方くん安心した?」

「知らねえっつーの。関係ねえ」

「関係ないことないでしょ。俺との仲疑って気に食わなくて顔合わせてねーくせに」

土方くんって嫉妬深いんだね〜なんてふざける万事屋を斬ったとして、俺は法に裁かれんのか?腹が立つ、本当にこの男は腹立たしい。なのに、そういう仲じゃないと分かってどこかホッとしてる自分もいて…

「話はそれだけかよ」

くだらねえと言うかのような口調はただの強がりだなんてこと、こいつには伝わっちまってんだろう。おー、と返答したのを確認して伝票を手にした。奢ってやるわけじゃねえ、ただこいつに借りを作りたくねえだけだ。今日の昼飯はあの店に何食わぬ顔で行ってやろうだとか、あの日あいつは結局何を言いたかったんだろうだとか。総悟が毎日毎日飽きもせずなまえの様子をべらべら人の部屋で話すもんだから会ってないとはいえ変わりねえことは知っている。それでもやっぱ顔見ときてえなって。

「あれ?なに?支払ってくれちゃうわけ?」

流石土方くん、やることなすことイケメンだね〜なんて言う万事屋の言葉は右から左へ流す。支払いを済ませて店を出た時、思い出したかのように万事屋が口を開いた。

「目かけんなら最後までかけ通した方がいいぜ。あの子おたくとの件で一度襲われそうになってた」

「…は?!おいそれどうい、」

「土方くんにはこれ以上迷惑かけたくないから黙ってて欲しいんだと。敵が多いなんてこと分かりきってただろ?」

その気がねえなら安易に近づいてやんなよと歩き出した男の背中に、なに一つ言葉が出て来なかった。
襲われたってどういうことだよ。店にはもう浪士どもが来ることはねえはずだ。来たとしてもおやっさんから即連絡が来るはずだし、そもそも朝開店する時間帯から誰かしらうちの隊士が店の付近にいるはずだ。見回りのルートだって必ず店の前を通るように変えてある。帰り道に?いやあいつが帰る時間帯はちょうど見回りの時間と被るはずだ、それに店からあいつの家まで一本道で…

「なんの報告も上がってねえよな」

全ての時間、あいつを守ってやることはできない。俺たちは国の組織であいつの護衛部隊じゃない。そんなこと分かってる。分かってるけど真選組と仲良くしてりゃ狙われることになっちまうことも予想していた。それに一度利用されやがったしな、あいつ。だからできる範囲でそれを補って来たつもりだったけど足りねえらしい。人手も時間も足りねえ。
ッチとポケットに手を突っ込んで煙草を切らしてることを思い出した。

「これじゃ、あの時と同じじゃねえか」

胸の奥の傷が痛む。俺が幸せを望む相手は俺のせいで…
総悟にそっくりな女を思い出して頭が痛くなった。あいつは幸せだったと言ってくれるんだろうか。俺が人生で初めて幸せになってもらいてえと願った女はどう思ってるんだろうか。

「やっぱ俺にゃ女は要らねえな」

コンビニで煙草と弁当を買って見回りを終えた。俺の姿を見るなり頼んでもねえのにあいつの話を毎日してくる総悟に文句の一つも言えやしねえ。

「お前は俺にどうしてもらいてえんだよ」

「別にィ?ただ興味があるだけでさァ」

ああ、頭が痛えなクソったれ。