無自覚な惚気話でファイナルアンサー?


「銀さんっ」

「うおっ?!なになに、急にマフラー引っ張んのやめてくんね?!首締まるわッ」

便所のちり紙が切れたと朝から神楽が煩かった。寒ィーのに叩き起こされてトイレットペーパーを買いに行かされる。世の父親っつーのは休日もこんな感じなのか?と一人納得いかないままスーパーへ向かっていれば背後から呼び止められた。いや、息の根を止めにこられた。
声で誰だか分かって振り返れば鼻の頭を赤くしたなまえちゃん。上がっている息からして走ってきたんだろう。

「朝から元気だな〜」

俺は寒くて縮こまってるっつーのになまえちゃんは走れるんだもんなァ。若いっつーのは羨ましいね、なんて。あれ?なんか俺すげえおっさんみてーじゃね?

「銀さん見かけたからっ」

どこ行くの?と言われて少し先のスーパーを指差す。そういえばエプロンしてないなまえちゃんって久しぶりかも。全く化粧をしていない姿に「休み?」と聞けば定休日だと言う。ゴミ捨て途中で俺を見かけて追いかけてきたらしい、ゴミ袋を持っていた。

「話があって、それでっ」

「あーそう。分かったからとりあえず深呼吸深呼吸」

運動不足過ぎるんじゃねーの?息上がり切っちまってんじゃんか。はい深呼吸深呼吸〜と言えばスーハースーハーと深呼吸をしている。素直っつーかなんつーか。なんとなく土方くんが気にかけるのも分からなくないっつーか。
息を整えたなまえちゃんにゴミ捨てて来たら?と言えば「あっ!」と小走りで膝を返した。年は確か俺と同じくらいのはずなのに神楽を見てるみてーな、そんな気分。娘が増えたみてーな感じがして頭をポリポリと掻いた。

話ついでに一緒にスーパーへ行くっつーから並んで歩く。最近は店でしか会ってないから肩を並べて歩くなんて久しぶりで、俺の歩幅よりも小せえ歩幅に合わせてやるのは少し照れる。いや別に俺は土方くんと違ってそういう感情は抱いてねェーんだけど。なんつーのかなァ…女と歩くのが久しぶりっつーか。こんな朝早く外を歩くのが久しぶりっつーか。

「で、話ってなによ」

「えーっと…朝ご飯食べた?」

「は?」

顔色を伺うように眉を下げて笑う姿がやけに目に付く。よくよく見てみれば少し目の下が赤く腫れていて、昨晩泣いたことが伺えちまった。本題は朝飯なんかじゃねーんだろうって、そんなこと分かったけど言いたくねェーなら無理に聞かねーよ。まだ食ってねーわ、と答えた俺に一緒に食べません?となまえちゃんは二十四時間営業のファミレスを指差した。

「あー悪ィ。うちで神楽がちり紙待ってんだわ」

「そ、っかぁー…なら仕方ないね、うん」

残念と笑う姿が先ほどよりも痛々しく思えて、ほっとけない。目の下が赤い理由も瞼が腫れてる理由も分からないまま、また今度なとは言えない。

「あー…じゃあうち来るか?つっても朝飯は卵かけられご飯だけどな」

うちに呼んでも良いもんを食わせてはやれねーけど、ほっとけねーんだから仕方ねえ。そして俺は今金欠でトイレットペーパーを買う金しか持ってねーんだわ。家に誘っといて卵かけられご飯しか出せねーって凄えかっこ悪くね?年上のイケメンお兄さんキャラ崩壊じゃね?と目を反らす俺になまえちゃんは「じゃあ何か買って行く」と嬉しそうに笑った。あ、やっぱ神楽みてーだな。

「銀ちゃん遅いアル!トイレ我慢しすぎて膀胱炎になったらどうするネ!!」

帰ーったぞー、と玄関の戸を開けた瞬間飛び込んで来た神楽。俺の手からトイレットペーパーを奪い便所へ駆け込む。朝から騒がしいのが万事屋だけど、なまえちゃんには珍しかったらしい。目を見開いて「す、すごいね…」と呟いた。
用を足した神楽がご機嫌に鼻歌を歌いながら戻ってくる。台所ではなまえちゃんが買ってきたベーコンやらコーンスープで朝食を作ってくれていて、その姿を見た神楽が今度は目を見開いた。

「だっ、誰アルかこの女!」

「あ、お邪魔してます。覚えてない?」

「…銀ちゃん誰アルか?」

「なまえちゃんだよなまえちゃん。ほら、前に妙んところ手伝うって連れてきたことあったろーが」

少し悩む素振りを見せた神楽だったが思い出せなかったらしい。覚えてないネと小さく漏らす。人見知りでもしてんのか?とも思ったがその何秒か後になまえちゃんが作ってる朝食を見て「私は目玉焼き二つにするネ」となまえちゃんの横で嬉しそうに笑っていた。
いただきまーすと三人でテーブルを囲む。ここになまえちゃんが居て一緒に飯を食うことになるなんて思ってもいなかった。まあでも神楽も気にしてないみてーだし別にいっか。半熟の目玉焼きを突っつきながらなまえちゃんの方を見れば目が合う。

「ん?どうした?」

いや、とまた眉を下げて笑うもんだから居心地が悪い。癖なんだろうけど、その言いてェーこと飲み込むの良くねーと思う。こっちまで気遣っちまうだろ。

「言いたくねーなら別にいいけどよ」

無理には聞かない。でもほっときたくはない。深い関わりがあるわけでもねーけど、なんかほっとけないんだから仕方ない。頭でっかちな女っつーか、弱音を吐きたがらねーっつーか。でも素直だから感情はダダ漏れ。もう一度なまえちゃんの方を見れば箸を持ったまま何かを考えているようだった。なんとなくだけど、もしかして土方くんとなんかあった?

飯を食い終わって神楽は定春のうんこをさせに散歩に出掛けて行く。なまえちゃんは洗い物までやってくれちゃっていて、俺も手伝わねーわけにはいかねーよなと重い腰を上げた。

「洗い終わったら貸してくれりゃ拭くぜ」

「座ってていいのに」

「誘っといて飯作らせた上に洗いもんまでさせらんねーって」

そう?と首を傾げたなまえちゃんだったが素直に食器を渡してくれる。二人で狭い台所に立って洗い物とか、なにこれ新婚さんかよっ!
ガチャガチャと食器のぶつかる音と水の流れる音。しばらく黙って食器を洗っていたなまえちゃんだけど「あのね」とゆっくり口を開いた。あー?と返事をしてみたものの表情は見えない。顔を隠すように先ほどよりも深く俯いていた。

「土方さんが、店に来てくれなくなっちゃった」

水の音でかき消されちまいそうなほどか細い声は震えていて、なまえちゃんの中で土方くんがどれだけでかい存在なのかが分かる。たった一言、それだけで分かっちまう。目の下が赤いのも瞼が腫れてんのも、朝から元気がなかったのも俺を朝食に誘ったのもやっぱり土方くん関係か。
俺はなまえちゃんに男女の恋愛的な感情は持ち合わせていない。全くそういう感情はない。抱いてくれって頼まれたとしても抱けない。いやそんなことには絶対ならねーんだろうけど。神楽を見てるみてーな感じなんだから仕方ない。

「つか俺、土方くんとなまえちゃんのことなんも知らねーんだけど」

付き合ってないのは知ってる。なまえちゃんが土方くんを好きなのも知ってる。でも妙から聞いた限りじゃ土方くんだってなまえちゃんに惚れてんだろ?お互い惚れてんのになんでそんななんだ?
ぽつりぽつりと出会いから今の状況までを話始めたなまえちゃんは、昼過ぎまでずっと土方くんのことを話していた。俺は途中で眠くて眠くて我慢できず瞼閉じちまったりしたけど…

「安心しろよ、なまえちゃんを嫌いになったとかじゃねーと思うぜ」

真剣に聞いてるのが馬鹿馬鹿しくなっちまったんだから仕方ねーよな?だって沖田くんはちょっかい出してるみてーだし、土方くんに至ってはなんとなく予想つくし。

「嫌われてないと思う?でも失礼な態度取ったりお世話になってるのに迷惑しかかけてないから呆れられた気がする…」

「来なくなったっつーのは先週の木曜からなんだろ?その前日俺とデザートの試作してたよな?」

「そうだっけ?」

しただろ、プリンパフェ。甘いもんが苦手だとかいう土方くんのために砂糖使わねーで生クリーム作りてーとか言って俺と夜遅くまで試行錯誤しただろーが。なんで俺があいつの為に二時間も生クリーム作らなきゃなんねーんだって気に食わなかったから俺はちゃんと覚えてんだぜ?つか生クリームに砂糖使わねーってなんだよ。全然固まらなかったじゃねーか。

「つかそんなことくれーで泣くんじゃねーよ」

「泣いてない」

「目、腫れてんぞ」

「…放って置いて下さいなんて啖呵切ったからかなって」

あー、と肩を落としたなまえちゃんは馬鹿なんだと思う。キャバクラで働いてるのさえ気に食わなくてかっさらいに来る男が今更そんなこと気にするわけがねェ。なまえちゃんの話を聞く限り原因はそこじゃねェ。気づいてねーの?俺はすぐ分かったのにな。

「まあまあこの銀さんに任せときなさいよ。朝食のお礼はちゃんとするぜ?」

借りはきっちり返すタイプだかんな俺、と言った俺になまえちゃんはまた泣きそうな面を見せた。土方くんのどこがそんなにいいのか理解はしてやれねーけど。他人の趣味に口出したりなんかしねーよ俺は。

野郎とは気が合わねーしなんか姿見るだけで胃がムカムカする。だから全く嬉しくねーけど、野郎がどうして店に顔出さなくなったのかなんとなく想像ついちまって顔がにやけちまった。