プライドの高い奴ほど面倒くさい


"えっと、あのっ…"
書類作業を行っていても稽古をしていても、脳内に浮かぶ昼間の出来事。あいつ、何を言おうとしてたんだ?あんなに口籠もって七味使いますかっておかしいだろう。夜間見回りへ向かうべく隊服に袖を通しながら考えてみる。思い返せばあいつは当初から"なんでもない"が口癖だった。そんなやつが何かを言おうとしていた。最近まともに会話をしていない。しかしあそこの店に浪士共が顔を出すなんてことは二度と起きないだろう。だから安全だと思っていた。だから毎日のように顔を見て満足していた。だから、あいつが何か言おうとしてたのに察してやれなかった。

「土方さァん。早くしてくだせェーよ、待ちくたびれちまいやしたァ」

まだ見回りの時間前だと言うのに総悟が急かす。あの野郎テメェが早く支度終わった時だけ人を遅えみたく言いやがって。文机に置いたままの煙草とライターを胸ポケットに突っ込み自室を後にした。考え込んでも仕方ねえ。あいつが何を言おうとしたかなんて分かるわけがねえ。なら明日直接聞いてやればいい。どうした?何かあったのか?と。

門前で並んでいる隊士たち。季節は冬を迎えた。空気が乾燥してくるこの時期、火事が起こりやすくなる。ボヤ騒ぎや放火等。そんなのは火消しの担当だが防犯がてら見回りを強化しろというとっつぁんからの命が下った。

「どっから周りやす?」

「いつもの見回りルートでいいだろ。怪しい奴には徹底的に声掛けろ。初めての防災だからな、出鼻挫かれねえように気引き締めて行くぞ」

二十三時過ぎ。ぞろぞろと屯所の門をくぐり黒づくめで町へと足を運んだ。こうしてるとなんだか昔を思い出すもんらしい。少し前を歩く近藤さんの背中は昔より広くなった。一歩後ろを歩く総悟の背もだいぶ伸びた。そして組織はデカくなり、俺は女にうつつを抜かす暇もない。それなのに習慣からか、あの女の働く定食屋の前で視線が無意識に店内へと向かってしまう。

「あらら〜土方さん。えらいもん見ちゃいやしたねィ」

足を止めた俺に、後ろを歩いていた総悟が気づいた。一緒になって足を止め店内を見渡したらしい。そして俺と同じもんを見て嬉しそうに声を弾ませた。立ち止まった俺と総悟に「どうしたどうした?」と近藤さんまでもが目を細める。

「万事屋と…なまえちゃんっ?!」

万事屋、という言葉に舌打ちをしてしまった。近藤さんが俺の肩を掴み揺する。ブンブンと揺すって「トシッどういうこと?!なんで万事屋がなまえちゃんと一緒にいるんだ?!」と言う。知らねえよ、俺も初めて知ったわ。

「こんな時間に閉店後の店で二人っきり…つまりそういうことでしょうよ」

「どういうことだ総悟」

「旦那とあいつはそういう仲ってことでさァ。ナニしてると思いやす?」

土方さァん、といつもよりも腹が立つ話し方で俺の顔を覗き込む総悟はこの際無視でいこう。今は総悟よりも万事屋よりも、なまえへの苛立ちしか湧き出ない。
隣で「まさかそんな、嘘だろう?だってなまえちゃんはトシとそういう仲だって…」と俺より肩を落としている近藤さん。そういう仲ってなんだよ、別にどういう仲でもねえよ。ほら、目の前でそれが証明されてんじゃねえか。仲良さそうに話す二人の姿に反吐が出そうだ。俺がどんだけ目をかけてやっても、どれだけ気にかけてやってもあいつには何一つ伝わらねえらしい。

「関係ねえよ」

「ちょっとみんなァ、聞きやした?強がり苦し紛れに関係ねェーとか言ってやすぜ?今にも人を殺しそうな面してよく言えらァ」

挑発してくる総悟に溜息を返し足を動かす。そっちがその気ならこっちだってもうお前のことなんか知らねえ。どうでもいい、関係ねえ。「トシ」と俺の名を呼んだ近藤さんの声がやけに悲しげに聞こえて、鼻がツンと痛みを感じた。


「飯行きまやしょう」

いつもと同じ時間、いつもと同じ口調で総悟が顔を出す。昨日の今日でどうして俺が普通の顔して行くと思ったんだか理解できねえ。行くわけねえだろ。二度とあんな女の面なんざ見たくねえ。パス、と背を向けたまま応えた俺を総悟が嘲笑った。

「旦那に取られたのが気に食わねえんですかィ?」

「は?」

「テメェのもんだと思ってたのがいつの間にか他の野郎に懐いてんから拗ねてるんで?」

「何言ってやがる。そうじゃねえよ」

「じゃあなんですかィ。別に付き合ってたわけでもねェーのに」

もしかして付き合ってたつもりだったんですかィ?驚いたと目を見開き口元を手で隠す総悟。こいつが俺とあいつのことに関してどう思ってんのか知らねえが、ほっとけよ。そういうのじゃねえから。惚れた腫れたなんてもんじゃねえ。あいつが俺を好いていなかったことなんて知ってた。俺だって別にあいつを好いてるわけじゃねえ。そんなんじゃねえよ。

「万事屋に会いたくねえだけだ」

「へえ」

何が悲しくてあの野郎と飯を食わなきゃならねえ。何が悲しくてあの野郎となまえが談笑してるところを見なきゃならねえ。
俺とはそんな風に話さないくせに、俺にはなにも言わねえくせに。
ッチと乾いた舌打ちをした俺に総悟は深く吐き出すような溜息をした。肩を竦め両手を上げて首を横に振る。やれやれとでも言いたげなその動作にさえ苛ついた。

「なら俺が弁当でも買ってきてやりやす。飯食わねェーわけにはいかねェーんでねィ」

手のかかる野郎だな、ったく。と襖を閉めた総悟に不信感。総悟が俺の為に弁当を買ってくる…?なんだそれ、凄え違和感しかねえんだけど。毒入りか?タバスコ入りか?何を企んでやがる?そういえば最近、なんであいつは俺を飯に誘っていたんだ?いつからそんな普通の可愛い部下になった?

苛立ち思考が上手くまとまらない。分からねえことが多すぎて考えるのが面倒に感じた。どうでもいい、か。別に関係ねえ。俺が飯を食いに行かなくなったところであいつはどうも思わねえんだろうし。ああ、案外喜んだりしてな。

「知らねえ、俺は何も知らねえ」

どうしてイラつくのか、どうしてこんなに納得いかないのか。その理由がなんとなく見えてしまう気がして考えるのをやめた。
考えないようにしてもやっぱりムカつくものはムカつくらしい。そういえば連絡先を渡してから幾分過ぎたのに一度も連絡が来たことはない。万事屋には連絡するんだろうか。だとしたらなお腹が立つ。小せえ男だと思われてもいい、なんでもいい。俺がこんだけ大事にしてんのにどうしてあの女は他の野郎に尻尾振りやがるんだ。

総悟が笑顔で買って来たのはオムライスだった。なんの変哲もねえ普通のオムライスなのに、一口食べただけで誰が使ったのか分かってしまう。知らねえ興味ねえ関係ねえと言ってみてもやっぱり考えてしまって…

「あいつ、」

元気そうだったか?と聞こうとしてやめた。総悟がにんまり笑っているからやめた。いろいろ気になることはある。万事屋がどうして急に店に顔を出し始めたのかだとか、いつの間にあんなに仲良くなったんだだとか、昨日あいつは何を言いかけたんだだとか。でもそれよりも今はー…

「そういやァ今日のデザートはプリンパフェでしたぜ。生クリームたっぷりの」

どこの誰の為に作ったんですかねィと俺の反応を楽しむ目の前の馬鹿の、真意を知ることが最優先だと思った。