▽ 意識した途端迷子になった言葉
「宇治銀時丼一つね」
「…朝早くないですか?まだ開店してないんですけど。仕込みの段階なんですけど」
「仕方ねーんだよ。珍しく仕事入ったんだけど朝早くてさ〜。いやほんと嫌になるよね、まだ本来なら寝てる時間だからね俺」
いやいやいや。知らない知らない。
すっかりおじさんと仲良くなった銀さんは、営業時間外に来ることが多かった。真選組に会いたくないらしい。特に土方さんに会いたくないらしい。土方スペシャルと書かれたメニュー表にすら嫌な顔をする。
店先で銀さんと話しているとおじさんが「宇治銀時丼はまだ出せないけど」と私と同じ朝食を作ってくれた。
「朝食まで出んのかよ!」
「一人分作るのも二人分作るのも変わらないからね」
銀さんが俺もここで働こうかな、なんて言う。おじさんは嬉しそうに笑っていた。
「でも土方さん来ますよ」
「じゃあ無理だ。何が悲しくて毎日野郎の顔なんか拝まなきゃなんねーんだって」
三人で仲良く朝食を食べる。人懐っこいというか、変に遠慮をしないというか。銀さんの人柄がおじさんはかなり気に入ったらしい。息子が欲しかったなんて言い出すんだから驚いた。
「やめた方がいいですよ。銀さんが息子だったら売上全部パチンコに消えます」
「何言ってんの。俺が息子だったらこの店カフェに変えてたかも知んねーぞ」
「定食屋です〜カフェなんてチャラついたものに興味はありません〜」
「とか言いながら最近デザートにプリンパフェ試みてるらしーじゃん。なになに、銀さん意識してる感じ?土方くんから乗り換える感じ?」
「ちがう!!」
騒ぐ私と銀さん。おじさんは楽しそうに笑いながら見ていた。
プリンパフェを試作してるのに銀さんが全く関係ないわけじゃないけど、別に銀さんの為だけじゃない。ただ、おじさんが新しいメニューを悩んでたから…それで…
「まだ完成しねーの?」
「ここは真選組の方ばかり来るからあまりごてごての甘いやつだと喜ばれないのかなとか考えてたら全然出来そうもないんですよね」
「あー土方くんとか甘いもの嫌いそうだもんな」
「そうそっ…。銀さん!」
流れで返事をしてしまった私を指差してププッと笑う銀さん。総悟くんも銀さんも人が悪い。私をからかって何が楽しいのだ。
「銀さんには絶対食べさせない!絶対食べさせてあげない!」
「でも俺が一番甘味には強えと思うぜ?」
「甘味に強いも弱いもないから関係ないです」
「意地張るなって。味見してやるよ」
「いいです結構です遠慮します」
まだ笑ってる銀さん。本当はアドバイスが欲しい。銀さんが甘いものに対しては一番適任だと知っている。でもこんなゲラゲラ馬鹿にしてくる人に頼りたくない。複雑なのだ、女心とやらは。
「そんなカッカすんなってーの。今のはお前が勝手に言っちまったんだろ」
「それをそんなに笑わなくてもいいって話でしょ!!」
「…あれ?お前、タメ語使えんの?」
「へ?」
タメ語使えないこともあるの?使えますけど、と応えた私に銀さんがふーんと言う。なんだったんだろう?タメ語なんかで話したから怒ったのかな?
銀さん?と呼べばお前さぁ、とこちらを見られた。
「敬語使わねー方がいいと思うぜ?」
「どうしてですか?」
「その方が話しやすい。俺が」
はい決まりー、と言われて話についていけない。え?え?と慌てる私にこれからは敬語禁止な!と言う。
「別に知らねー間柄でもねーし?いいだろ、めんどくせえ」
「めんどくさいって、銀さんは別にタメ語じゃないですか元々」
「違ェーよ、聞いてんのもめんどくせーなって話。よそよそしいっつーか?なんかむずむずするっつーか?」
とにかくめんどくせーんだよ。と言われてしまえば別に私が敬語に拘る必要もない。私もあまり敬語は得意なわけじゃないし。
「分かった。じゃあそうする」
満足そうに「おー」と返した銀さんは三人分の洗い物をしてから仕事に向かった。店から出て行く時に夜試食してやるよなんて言いながら。
多分確実にタダで甘いものが食べたいだけだと思う。
▽
この日も土方さんとは業務的な会話しか出来なかった。総悟くんセコムは日に日に強力になっている気がする。少しでも話しかけようとすれば邪魔をされてしまう。
「カツ丼土方スペシャルとオムライスになります」
総悟くんと土方さんが座る席に注文の品を運ぶ。おー、と返事をしてくれた土方さん。総悟くんがちょっくら厠に行ってきやすと席を立った。これは、チャンスじゃないの?!
「あのっ、土方さんっ!」
「うおっ!!なんだよビビるわ。耳元ででけー声出すんじゃねえよ!」
割り箸を割っていた土方さんが肩をびくっと跳ねさせた。そんなに大きな声だったかな?久しぶりに話すから緊張しすぎて力が入りすぎてしまった。どうした?と見上げられて胸がどきどきする。土方さんの声ってこんなに優しかったっけ?
「えっと、あのっ」
もう随分経ってしまったけど、こないだのことを謝りたい。そして感謝もしたい。言葉にしなければ伝わらない気がして焦るのに、いざ伝えようとすると言葉が出てこなくなる。
「なんだよ」
割り箸を持ったまま手をつけずに私の言葉を待ってくれる優しさだとか、まっすぐ向けられている目だとか、もう声もダメ緊張を煽る。早く言わなきゃ総悟くんが戻ってきてしまうと分かっているのに何故かもじもじしてしまうのだ。いつからこんなキャラだったの私って。
「その、」
今だ、今しかないぞなまえ。と自分に気合いを入れてエプロンのポケットに常備していた土方さんに渡そうと思っていた土方スペシャルミニメニュー表をぎゅっと掴んだ。その時、悪魔がタイミングよく戻ってこられた。
「なんの話ですかィ?俺も混ぜてくだせェーよ」
私の肩を掴みにっこり笑う総悟くん。いや悪魔だ悪魔。うじうじしていた私が悪いけど、こんなベストタイミングで戻ってこなくてもいいのに。総悟くんには知られたくないというか、確実にネタにされるし馬鹿にされる。
「七味…使いますか?」
「は?」
「いや、あの、七味…」
結局メニュー表を渡すことも、お礼を言うことも謝罪することもできなかった。そのうえテーブルに置いてある七味を使いますか?なんてわけのわからないことを言ってしまった。
不思議そうにこちらを見る土方さんとお腹を抱えて笑う総悟くん。
「使うけど、それがどうした?」
「そ、うですよね。使いますよね」
なんなんだよと眉間にしわを寄せる土方さんからなんでもないですと逃げ去った。厨房へ逃げてどっくんどっくん煩い胸を抑える。
「銀さんに、相談してみよう…」
総悟くんから回避する方法、銀さんなら知っているだろうか?