これもそれもあれも大切な仕事


土方さんに諸々のお礼と、つい先日取ってしまった失礼な態度を謝罪したいと思ってから早一週間が過ぎた。未だになに一つ伝えられていない。そもそも会話をしていない。毎日店で顔を合わせているのに、業務的な内容でしか言葉を交わせていないのだ。理由はたった一つ、簡単である。あの男に私の気持ちがバレてしまったからだ。

「なーにしてるんですかィ」

あの日も例の男は開店と同時にやって来て、店内に置いてある漫画を読みテレビを観ていた。その男は土方さん同様毎日のように来てくれる常連さんだ。他の皆さんは昼時にご飯を食べにくるがこの男だけは違う。明らかに満喫か何かだと勘違いしている。

「メニューを増やそうかと」

私の手元を覗き込み「土方スペシャル…?」と眉間にしわを寄せた。慌てて作りかけのメニュー表を隠す。

「いやこれはっ、違っ」

「なんの為にそんなもん作ってるんでさァ。誰がこんなもん頼むんで?犬の餌に改名しなせェーよ」

「しませんよ!!」

「カツ丼親子丼焼き鳥丼…?それに土方とつきゃマヨだらけのゲロ飯に決まってらァ」

「私もあれはどうかなと思いますけど…でも土方さんは美味しいって食べますし」

「犬の餌」

「ちょ!やめてください!書き直そうとしないで!あっねえ!ちょっと!」

油性ペンを手に、メニュー表を奪おうとする男は私の髪を引っ張った。痛っ、なにこの人。手段を選ばないタイプの盗賊かなにか?強盗にでもあった気分なんですけど。ちょっとおじさん助けて!

「おじさん!助けて!総悟くんが!総悟くんが…!」

折角綺麗な字で書けたのに邪魔されたくない。滅多に大きな声を出さない私が叫んだからか、おじさんがどうしたどうしたと仕込みを一時中断して顔を出してくれた。そして取っ組み合う私たちを見て、何故か、本当に何故か笑顔を見せる。

「沖田さん、その辺にしといてやってくんねえかい?それはなまえちゃんが土方さんへの感謝の意味を込めて、昨日から何回も失敗しながら作ってるやつだからさ」

ほら朝ご飯でも食べてよ、なんて私の分と沖田さんの分の朝食を用意してくれた。出来立てほやほやのおじさんの玉子焼きは絶品である。少し中が半熟で出汁がよく効いた和風。それを知ってる総悟くんは両手を離し一時休戦する姿勢を取ってくれた。

「感謝って、なんかあったんで?」

もしゃもしゃと口を動かし、テレビを観ながら総悟くんが話しかけてくる。ナチュラルに食べてるけどそれ私のだから、私のお皿に乗ってる鳥唐揚げだから。

「なにかって…別に大したことじゃないですよ」

「ならそんなもん作らなくてもいいじゃねェーかィ」

「…私にとっては大したことなんです」

「はあ?アンタ今大したことじゃねェーってテメェで言ってやがったろーが。なに言ってんでさァ」

はっきりしろよと言われたが、総悟くんに言いたくないのだ。ここで働いてから五ヶ月が経つ。なにもしないで日々をただ生きてきた私からしたらその五ヶ月はたった五ヶ月といえど、大変密度の濃い五ヶ月だったわけでー…
つまり世の中には天使の皮を被った悪魔がいることを身を以て学べたのである。

「もういっぺんだけ聞いてやらァ。俺も暇じゃないんでねィ。なにがあったんで?」

「暇じゃないならどうして開店から居るんですか」

「俺がここに居るっつーことは今日も江戸が平和ってことだろィ。喜ばしい限りじゃねェーですかィ」

「つまりサボりに来てるんですよね?私知ってますよ」

「これも立派な仕事でィ。アンタと野郎の関係を随時観察」

「…期待してるような展開は望めないかと」

キョトンとした顔でこちらを見る総悟くんに「えっ?」と驚いてしまった。なにもおかしなことは言っていないはずだ。だって総悟くんは来店当初からずっと土方さんとどういう関係だと言うけど、どうもこうも別に大した関係じゃない。土方さんが面倒見いいことなんて総悟くんだって知っているじゃないか。総悟くんが言ったんじゃないか。きっと、今回のことも私に特別な感情があったんじゃなくて、お世話になっといて無断欠勤に副業が気に食わなかったんだろう。真選組はとても厳しいと聞くし。いや、おじさんが優しいだけで他のところなら普通私みたいな人間は即刻クビなんだろうけど。

「アンタそれ本気で言ってんならやべェーですぜ?病気だ病気」

「どこがですか」

「確かに野郎は面倒見がいい上に頭も切れる。誰かのフォローをさせたら奴の右に出る者はいねェ。フォローする為に生まれたみてェーなとこあんからな。フォロ方だからアレ」

「…総悟くんって、薄々気づいてましたけど土方さんのこと嫌いなんですか?」

「薄々ってなんでィ。どっからどう見ても大嫌いに決まってらァ」

「その割にはこうして気にかけて私にまで詮索してくるじゃないですか。アレですか。大好きの裏返しみたいな」

「その口が二度と開かねェーようにしてやりやしょうか」

「冗談です」

ずずっと御御御付けをすすりながらすみませんでしたと言った私に、総悟くんは舌打ちをした。謝ったのに舌打ちを返すなんて、総悟くんは土方さん以上に接し方が分からない。私のお皿からナチュラルに、当たり前のように玉子焼きを奪い食った総悟くんが「でも」と話を続ける。

「野郎は巷じゃ鬼の副長なんて恥ずかしい異名で呼ばれてんですぜ。俺らは無関係の奴らまでフォローできやせん。なんてったって人斬り集団ですぜ人斬り集団」

「総悟くんはなんて呼ばれてるですか」

「サディスティック星の王子って野郎が言ってた」

「それも恥ずかしくないですか?」

「アンタ本当にその口縫いつけてやりやしょうか」

すみませんとまたもや謝る私を華麗にスルーし、総悟くんが言葉を続ける。

「つまり、なにか特別な情でもなきゃここまで目をかけねェーってことでさァ」

めんどくさくなったらしい。説明が簡潔になった。
特別な情と言われても…私と土方さんは本当に何もないのだ。こうしてよくしてもらう理由も分からなければ、何故今の生活があるのか分からない。ここを真選組の方が贔屓にしてくれるのは私がいるからじゃない。おじさんの料理が美味しいからだ。

「気まぐれで…」

気まぐれだかなんだかは分からないけど。私がここで働けてるのは土方さんが一緒に頭を下げてくれたからだとは思う。責任取るなんて言ってくれちゃったからだと思う。それがどうしてかと聞かれると分からないけど。

「あーもうめんどくせェーなァ。じゃあアンタはどう思ってるんで?」

私?私は土方さんのことー…
たくあんを食べながらちらりと作りかけのメニュー表を見た。感謝している。たくさんお世話になっているから。謝りたいこともある。気にかけてもらっといて私は自分勝手すぎた。それから…
何も答えられないでいる私を見てお水を吹き出した総悟くん。私の死守していた鳥唐揚げにかかってしまった。

「あっ…唐揚げ…」

「アンタ、分かりやすすぎやしやせんかィ?そんな真っ赤な顔してりゃ誰でも分かるってもんでさァ」

「唐揚げ…まだ一個も食べてないのに…」

三つおじさんは用意してくれていた。それのうちの二つを総悟くんに食べられ、未だ唐揚げを食していないというのに。この仕打ちはあんまりだ。返して私の唐揚げと嘆く私に総悟くんはニヤリと顔を緩ませながら「野郎に惚れてんだろィ」と言った。自信たっぷりに言われたその言葉にどきりと胸が痛む。

「ぶっ。本当、分かりやすっ、ダメだやめてくだせェーよ。楽しくて仕方ねェーや」

テーブルをバンバン叩き笑う総悟くんは「ふうん」と一人納得し、メニュー表を手に取った。

「これ、ラミネート加工してやりやしょうか」

「ラミネート加工?」

「ついでに俺ァ犬の餌は絶対死んでも食いたくねェーんで。オムライスも付け加えときなせェ」

「それって通常メニューにありますよ?」

「いいから。ここに書いときなせェーよ」

野郎に黙っといて欲しいだろィ?と脅迫され、しぶしぶオムライスも付け加えた。絶対にバレてはいけない人にバレてしまったらしい。それから総悟くんは私が洗い物していても、店内の掃除をしていても「あ、土方だ」と呟いては私の反応を見て楽しんでいた。
そして総悟くんは何故か開店と同時にやって来なくなり、土方さんと来るようになった。そして二人で話し込んでいる。その為私は未だにありがとうございましたも、ごめんなさいも言えていない。

土方スペシャルのメニュー表にあるオムライスの文字が薄いのはほんの少しの反抗である。