それは五月五日、よく晴れた日だった


二十代後半にもなると親が結婚に対してやたらとうるさく言ってくるようになるらしい。散々逃げ回ってきた。そしてこれからももうしばらく逃げる予定だったのに、頭を下げられてしまったらどうしようもない。今まで結構自由にさせてもらってきたのだ、全く気は乗らないが親が一生に一度のお願いだと揃って頭を下げたのだからここは大人になるべきなのだろう。

「でも今時家のために結婚するなんてある?なくない?」

ぎちぎちに締め上げられた帯は苦しいし首元もきっちり折られていて暑い。頭に乗っけられたんだかねじ込まれたんだか分からないけど、意味がわからないほど大きな髪飾りは重い。足も痺れてきて思っていたことがふわりと口から出てしまった。両親が息を合わせたかのように私を睨む。

「言葉遣い!!この見合いには我がみょうじ家の未来がかかっているんだぞ」

お願いだから大人しくしてて、ね?ね?と機嫌取りをする母親、怒鳴る父。生まれて初めての見合い。相手は私を気に入ってくれてるらしいから見合いなんていうのは名ばかりで、実際は両家の顔合わせのようなものらしい。相手さんは私の写真を見て気に入ってくれたというけど私は顔も名前も何も知らない。

「写真だけで決めるなんてろくな男じゃないよ、絶対」

「なまえ、いい加減にしなさい。もういい加減腹をくくりなさい。今まで散々わがまま聞いてあげたでしょう?それに結婚してもいいって言ったじゃない」

さっきまで私の顔色を伺っていた母が強気で出てきた。おかしいと思いませんか。あなたたちが頼み込んできたから仕方なく、不本意だけど仕方なく結婚することを決めたというのに。
我が家は先祖代々少し有名な呉服店を営んでいる。本店は京に置かれていて、私の家は分家だから支店だけれどそれなりに財を成した、まあ要するにまあまあ金持ちだったのだ。それがやれ天人だ、やれ開国だと時代が変わり衣類の嗜好も変わっていった。当然老舗呉服店である我が家も打撃を受けたらしい。売り上げは下がり続ける一方だった。

「相手の方はこの縁談が上手くいけばうちにそれはそれは膨大な額を支援してくれるといっている。お前も全て承知で受けてくれたんだろう?」

いい人だから安心しなさいだなんて、この二人は私の幸せを本当に願っているのだろうか。「幸せになってもらいたいの」なんて母は泣きながら言っていたけど、実際のところ本家のある京に戻りたくないだけなんだろう。あーあ、私も人が良すぎるよなあとため息が落ちていく。

「待たせしてしまって申し訳ない」

ガラッと開いた襖。現れたのは自分の父親よりも年いった男が一人。ええっ、この人が私の旦那になる人なの?冗談でしょ…?
ねえねえと母の袖を引っ張ってみたが無視をされてしまった。父の方を見てもにっこり笑顔を見せるだけだ。これは嵌められた。十歳くらいの歳の差ならこんなにも驚かない。父よりも年上の人なんて聞いてない。しかし今更無理なんて言えそうもなかった。対面に座った男が風呂敷いっぱいに包まれた札束を広げる。

「約束の金だ。今日からその娘、わしの女で構わぬな?」

両親が目の前に広がる札束にゴクリと喉を鳴らした。実の親ながら呆れてしまう。こんなのお金のために娘の人生売ったようなものだ。
ああもう最悪。もしも地球に終わりがあるならそれが今日か、百歩譲って明日がいい。はあ、と肩を落としたその時「御用改めである」と正面と背後両方の襖が勢いよく開いた。真選組だといいゾロゾロと入ってきた黒づくめの男たち。

「…嵌めたのか!!」

私の夫になる予定の男が立ち上がりどこからか刀を取り出した。そして父へ斬りかかろうとする。見てられなくてギュッと瞼を閉じれば、生温かいものが顔にかかった。

「そいつらは関係ねえよ。俺たちが下調べしたんだっつーの」

なまえ、なまえと私を抱きしめる父と母は震えていた。目を開ければ私の夫となるはずだった男は血を流し倒れていた。
その出来事に驚き小さく悲鳴をあげた私を理不尽にも睨みつけた男は血のついた刀を鞘へとしまい込み白いタオルを投げ渡す。

「顔に血ついてんぞ」

これは貴方がその男を切ったからだと思ったが初めて見る人の死体に震えてしまって声も出なかった。タオルを投げた男はなんの反応も示さない私に舌打ちをした。すこぶる機嫌が悪いようだった。

こうして私の嫁行きはなくなり、我が家は経営難へと突っ走る。贅沢な生活は終わりを告げ、両親は正気を失ったように家へ篭るようになった。これは多分一生忘れないだろう、五月五日、よく晴れた私の二十数回目の誕生日のことだった。