優しい二人の秘密の話


「あれ?なまえちゃんは?」

夜の仕事を紹介っつーか、依頼したっつーか。初めて夜働くっつーから一応家まで送る約束をしていた。閉店間際に家を出てネオン街へと向かう。ちょっとばかし店の前で待つことになっちまうが、幸い季節は秋だ。寒くも暑くもねえ。今日は少し遅いのか?と出てくる姉ちゃん達の中になまえちゃんがいないことにほんの少しだけ違和感を覚えていた。

「辞めたわよ」

「は?」

「引きずられて帰ったわよ」

「はあ?!誰に?!」

少し頬を赤く染めた妙が口を尖らせる。辞めた?なんで?つかこれ妙からの依頼失敗しちゃうことになんじゃねえの?あれ?俺タダ働きになる?えっ?
立ち話もなんだから送ってくと言った俺に妙は素直に着いてきた。いやなんかそれも怖え。女の子は足りてんのか?つーか俺への報酬ってどうなんだ?そんなことを考えてた俺に妙が「今日」と話し出す。

「土方さんたちが来たのよ」

「ゴリラじゃなくて?」

「ゴリラも来たわ」

「あっ、そう。最近顔出してなかったんだろ?久しぶりにみんなで顔出しに来たってことか」

「みんなで来るなんてなかったでしょ?土方さんが来るなんて滅多にないのよ」

へえ。スカした顔してお高く止まってんのか?あの野郎。そういうとこあんよなーと返した俺に、妙がちゃんと話聞く気ある?と睨みを利かせる。あるって、あるある。この話聞いたら報酬少しは払ってくれたりする?

「それで、なまえちゃんに私のヘルプについて貰ったの。あの子いい子だし可愛いでしょ?年上の方に可愛いなんておかしいのかも知れないけど」

「お前ついこないだ普通の子って喜んでなかったか?」

「顔がとかそういうのじゃなくて。何かしら…動物みたいな感じよ!可愛いな、愛でたいなっていう」

「お前それ結局顔はそうでもねえってことだろ」

「分かってないわね。パーツパーツは整っていたじゃない。化粧っ気がなくて垢抜けない感じってだけでしょう?」

幼く見えるのよね、と言った妙に頷いた。そういえばあいつ俺と同い年くらいなんだよな?それにしてはもう少し若く見える。それは外見も少しは関係してるんだろうが、言動がって方がしっくりくる。

「で?ゴリラ達が来てどうしたって?」

なまえちゃんの顔面なんて別にどうだっていい。話を戻した俺に妙が「あの土方さんがね」と少し楽しそうに声を弾ませた。

「なまえちゃんの隣を希望して、なんだか少し揉めた後キャパ外して飲み出したなまえちゃんに説教して負ぶって帰ったのよ」

「ちょっと全然わっかんねーんだけど引きずられて帰ったんじゃねえの?全然地に足ついてねえじゃん、負ぶられてたんだろ?」

「そこは別にいいじゃない。そこじゃないのよ、そこじゃなくてー…」

気づけば道場の門前に着いていた。ふふっと笑って妙が振り返る。

「はい。女の子紹介して貰ったお礼」

「はっ、え?おっおう!」

貰えねえもんだと思ってたから、まさかの茶封筒の登場でドギマギしちまった。こいつ何企んでやがる?まためんどくせえこと言い出したりしねえよな?少しビクつきながら受け取ればにやりと笑う妙。

「約束した期間より早く辞められちゃったってことは本来なら銀さんに払う必要もないのよね」

「なっなんだよ!返せってか?もう無理だぞ、俺受け取っちまったかんな!返せねえぞ!これ俺の!俺の!」

「ギャアギャア騒がないでくださるかしら、時間を考えて。場所も考えて」

近所迷惑よ、新ちゃんが起きちゃったらどうするの?と拳を握り締められ即刻黙る俺。なんだなんだ?この展開はなんだ?やべえ、なんかすげえめんどくさそうな気がする。なんかすげえ嫌な予感がする。

「中身確認しないんですか?」

ふふっと取り繕った笑顔を貼り付ける妙に冷や汗が垂れた。だからなんだよ!その笑顔の心理はなんだ!俺もハハッと乾いた笑顔を浮かべて封筒を開く。中を確認して、叫びそうになっちまった。

「おまっ、えっ?なんか茶色い紙切れが、え?」

「私からと土方さんから」

「はぁぁああああ!?」

なんで多串くん?なんで多串くんから?
叫んだ俺に、妙が「だから騒ぐなって言ってんだろうが」と凄みを利かす。いや、だって、多串くんからだよ?理解できる?いやいや俺は理解できないね全然理解できないね。

「なまえちゃんを辞めさせるって言うからその子が本来稼げた額を請求するわよって脅したのよ。なんで辞めさせたいのか分からなかったし。したらボンって現ナマよ!現ナマ!」

「…お前んとこって辞める嬢に請求してんの?」

「するわけないじゃない」

「は?」

「でもあの子が稼いだお金はチップで私にも入るのよ、紹介で入ってるから。それが途中で辞められてご覧なさい。私の金が減るじゃないの」

「…じゃあなに?これって」

「土方さんが置いてった手切れ金みたいなものかしら?私の分を差し引いてもまだ余ったから少しだけ銀さんにも」

おいおい少しって額じゃねえだろこれ。え?税金泥棒ってそんな金持ってんの?つかそんな大金払ってまで辞めさせてえってー…

「なにあの子ら付き合ってたの?」

「さあ?付き合ってるわけじゃなさそうだったけど」

「けど?」

「…なあに銀さん。なまえちゃんのこと気になるの?」

土方さんがライバルになるわよと笑われて違えよと返す。別になまえちゃんが多串くんと付き合ってようが付き合ってなかろうが、俺には関係のないことだけど。

「あの子明日から生活どうすんだ?一人暮らしなんだろ?」

「ああそれなら」

"土方さんが責任持って面倒見るって"
そう言って笑う妙は、嬉しそうだった。面倒見のいい妙が引き止めなかった、深く首を突っ込まなかったということはそういうことなんだろう。

「ま、無理矢理とかじゃねえならいいけど」

「なまえちゃんのあんな顔見ちゃったら笑うしかできないわよ」

当初の予定よりも温かくなった懐と、妙から聞いた話で今日はよく眠れそうだと万事屋までの帰路についた。