全部全部、焼酎ロック一気飲みのせいにしてさ


丈の短い着物はまだ慣れない。濃いめの化粧もまだ慣れなくて痒くなる気がした。キャバクラで働きだして三日目、おじさんには初出勤の前に電話をした。ごめんなさいと繰り返す私に無事なら良かったと言ってくれたおじさんの優しさが痛いくらいだった。おじさんはこれからどうしたい?と聞いてくれ、やっぱりお店で働きたいと言った私に諸々が落ち着いたら戻ってくればいいと言ってくれた。

「なまえちゃんどうー?準備は終わった?」

「あっ、はい!大丈夫です!」

「そう?ならあと三日!頑張ってね!」

新八くんのお姉さんのお妙さん。私より全然年下なのに落ち着きがあって品があって、とても頼りになる。昨日なんて酔っ払いに絡まれた私を助けてくれた。銀さんの言っていた用心棒がこんなに綺麗な人だとは思わなかったなあ。
私のキャバクラ勤務は一週間でいいらしい。なんでも風邪が流行り、女の子が足りない間だけ助っ人で欲しかったようだ。勤務中はお妙さんが常に一緒にいてくれるし、帰りは銀さんが迎えに来て送ってくれる。給料も二人が掛け合ってくれたおかげで申し分ない。丈の短い着物と濃い化粧さえ気にしなければ文句の付け所が無いほどだった。

お妙さんに呼ばれホールへ出ようと腰を上げた時、ポーチの中で携帯が鳴った。ディスプレイに浮かぶ近藤さんの文字にハテナが浮かぶ。メッセージを開けば一言、ごめん!!とだけ送られて来ていた。

「なまえちゃん?」

「はっはい!今行きます!」

どうしたんですか?と返信をしようとして、お妙さんに呼ばれる。メッセージを開いたまま携帯をポーチへと押し込んだ。


開店から段々と混んできた店内。お妙さんはここのところストーカーが来ないのよと嬉しそうに笑っているが、表のドアが開くたびにそわそわしているから私はそのストーカーを待っているんじゃないかと踏んでいる。

「次のお仕事は決まったの?」

指名が入るまで待機するソファーでお妙さんがお茶を入れてくれた。慌ててありがとうございますと言った私に気にしないでと柔らかい笑顔を見せてくれる。これが年下で、しかもどこぞの悪魔と同い年なんて信じられない。

「以前働いてたところに、戻れたらとは思うんですけど…」

「ああ銀さんから聞いたわ。喧嘩してしまったんですって?」

「え?」

「上司の方と喧嘩したって聞いたんだけど?」

違ったの?と首を傾げるお妙さん。上司って誰だろう。あそこにはおじさんと私しか従業員はいないはずだ。確かに銀さんにお世話になってる方と顔を合わせるのが気まずい的な話はしたけど…

「うーん、まあそんな感じですかね?」

「理不尽なこと言われたんだって?」

…銀さんに話したことはお妙さんに筒抜けらしい。別に話されて困るようなことでもないし構わないけど。理不尽なことを言われたといえばそうだけど、違うのだ。私が失礼な態度を取ったのだ。だから合わす顔がないのだ。
まだ出会って三日目。お妙さんに深く話す必要もないかな?と自己完結をして笑って誤魔化した。銀さんもお妙さんも察しがいいらしい。深く無理に聞こうとしない。
お客様入店の音が流れる。ドアが開いて黒服の人たちがいらっしゃいませと声を揃えた。

「えっ」

「あっんのゴリラ…」

私の声とお妙さんの声が重なる。パッと勢いよくこちらを振り返ったお妙さんが「知り合いなの?」ととんでもなく怖い顔で聞いてきた。

「しっ、知り合いです」

ふふっといつも笑顔を見せてくれていたお妙さんからは想像できない舌打ちと歪んだ顔。近藤さんがお妙さんを見つけ「お妙さ〜ん」と満面の笑みで手を振っていた。

「あの、お妙さんのストーカーって」

「ゴリラよ」

「近藤さん…ですか?」

「ゴリラよ」

手を挙げたお妙さんが黒服のボーイを呼んだ。そして近藤さんたちが座る席にピンドンをよろしくねと言う。いつも通りの笑顔に戻ったお妙さんが「なまえちゃん」と呼んだ。

「ヘルプ頼んでいいかしら?勿論ドリンクバックはつくわ」

「いやあの席はっ」

「大丈夫よ。知り合いが来ると恥じらいが生まれるって話でしょう?平気よ平気。一週間だけのヘルプだってちゃんと私が説明するわ」

「違くてあの、」

「さあー!じゃんじゃん飲んで食って稼ぐわよ!」

引っ張られた腕。拒むタイミングを完璧に見失った私は、引きずられるようにしてその席に着くことになってしまった。ああ終わった、ああ終わった。さっきのごめんはこういうことだったのかと理解した。
私を見るなり困ったように笑う山崎さんと、私のことなんて眼中に入ってないかのようにお妙さんお妙さん言っている近藤さん。それからー…

「よう。こないだ振りだな」

「ハハッ…つい先日振りです、ね」

瞳孔を開き貧乏ゆすりをする土方さん。今にも殴りかかってきそうなくらい怖い。流石の土方さんも私を殴ったりなんかしないんだろうけど怖いものは怖いのだ。一番離れたところに座ろうと、山崎さんの隣に腰を下ろそうとすれば山崎さんが「いいよ!俺は大丈夫だから!副長の隣!副長の隣が空いてるよ!」と全力で阻止する。

「いやでも私こっちが、」

「おい。ここの店は客を選り好みすんのか?」

「…隣失礼します」

そうやって睨むから嫌だったのだ。そうやって睨まれたきっと他の女の子だって山崎さんの隣を希望するに決まってる。
凄まれて土方さんの隣に腰を下ろした私。お妙さんは近藤さんにフルーツの盛り合わせを追加注文させようとしていた。同じテーブルなのに温度差がかなりある。山崎さんを挟んで近藤さん側は華やかでキャバクラ感があるけど、こっち側は私と土方さんである。暗い、暗い上に空気が重々しい。ガタガタとまだ足を揺らす土方さんの膝に手を乗せてみた。

「ああ?」

「おっ、お行儀がよろしくないかと…」

「誰のせいでイラついてんと思ってんだよ」

やっぱり怒ってたらしい…!慌てて手を離した。場を和ませられたらと思ってしたことだったけど余計なお世話だったらしい。それ以前にその行為の理由は私にあったらしい。あっあっと目をそらした私に土方さんが「説明しろ」と言った。顔は先ほど怖くはないけどやっぱり不機嫌なのは分かる。

「説明することなんて、」

「そっちがなくてもこっちは聞きてえことだらけなんだよ」

そう言って煙草を取り出すから慌ててライターを手にした。キャバ嬢というのはお客様の煙草に火をつけるのも仕事らしい。「火、つけます」と手を添えた私をこれでもかと睨む土方さん。え?今のなにがいけなかったの?わからない。だって私これが仕事なんですよ?

「おやっさんのところに戻る気はねえのか?」

「へ?あっ、火…」

「要らねえよ」

私の手を払いのけ、自身で火をつける土方さんに悲しくなる。私が無断で仕事を休んだ日のことを怒っているんだ。社会人として自覚が足りないとか言われるんだろうな。確かにそれは私が悪かったもんなとライターをポーチへとしまう。

「すみませんでした」

「ああ?」

「その、無断で休んだりなんかして」

ごめんなさいと頭を下げれば土方さんの足が止まる。揺れが止まったことに許してもらえたと心が軽くなった。

「おやっさんに心配かけんなっつったろーが」

少し優しくなった声色にホッとする。良かった、土方さんそこまで怒ってなかったんだー…。そりゃそうか。私が迷惑をかけたのはおじさんであって、土方さんじゃないはずだ。
安心して電話でいつでも戻ってきていいって言ってもらえたことを話した。最後まで私の話を聞いてくれていた土方さんだったが、突然目の前に並々注がれていた焼酎を一気に流し込み、険しい顔して最後の一口を飲み込んだ。

「土方さん…?大丈夫ですか?」

「なんで俺には電話の一本も寄越さねえんだよ」

「え?」

「連絡先渡したろーが!」

そう言って自分で焼酎をロックで注ぎ、またも無理矢理流し込む。そんな飲み方しない方がいい。その焼酎は結構高いのだ。そんな勿体無い飲み方するもんじゃない。

「ちょ、なにしてるんですか!それはっ、」

「煩え黙って聞け!」

ごくんと喉を鳴らしまたも不味そうに渋い顔をして飲み干した。察するに土方さんは、あまりお酒が強いわけじゃなさそうだ。この焼酎は値も張るが度数も高い。だからこんなに険しい顔して飲んでるんじゃないのかな?

「違うの頼みましょうか?もっと優しいやつ」

「なに気遣ってんだてめえは。いいかよく聞け」

もう既に顔を真っ赤にしている土方さん。ロックなんかで飲むからである。もっと飲みやすいやつを頼もうとメニューを手にした私の腕を掴んだ土方さん。え?と顔を上げて、結構近い距離にいることに気づいた。

「次こんな真似してみろ、どこまででも探し出してやる。逃しやしねえ、地の果てまで追ってってやるからな」

掴まれた腕にぐっと力が込められた。焼酎を煽りに煽った土方さんは目が座っているし、顔は真っ赤だ。それは私を疑っているから出た警察の言葉だって分かっていた。分かっていたのに。

「おい聞いてんのかなまえ!」

目を合わすように頬を抑えられる。今まで生きていてこんな超至近距離で誰かと見つめ合ったことはあっただろうか?いや、なかった。

「お前…人が真面目な話してんのに酒飲んでやがったのか?」

「っつー…」

顔赤えぞと言われ慌てて土方さんが手にしていたグラスを奪う。一気に飲み干して、これが焼酎のロックだったことを思い出した。

「私…焼酎の味は好きになれそうもないです」

「はあ?じゃあなんで飲んだんだよ!つか馬鹿、ここで吐こうとすんな!おい、下向くなっ!」

「水、水が欲しいです」

「水!山崎水寄越せ!」

「はいっ!水、水!」

焼けるような喉の熱さで泣いてしまったのであって土方さんの言葉のせいじゃないと、山崎さんがくれた水を飲みながらぐるぐるする頭の中で繰り返した。