不器用な男は天邪鬼でもありました


「いらっしゃいっ」

昼飯を食おうと暖簾を潜って口元から煙草が落ちそうになった。忙しなく働くおやっさんが俺を見て眉を下げる。八の字になった眉に、一昨日の出来事が脳内部を駆け巡った。

「あの女は」

おやっさんが首を横に振る。まじかよー…それしか言葉が出てこなかった。辞めんなっつったろうが。俺が守ってやるって、二度とくだらねえことに巻き込まれねえように俺が。

「ああ、副長っ!どこ座ります?」

「…山崎?何してんだてめえは」

隊服のジャケットを脱ぎ、シャツを腕まくりした山崎がカウンターから顔を覗かせた。どうしてお前がそっちから顔を出す?俺の知らないところで回るなまえの周辺の変化に苛立ちを覚えた。

「いやァ〜、おやっさんが忙しそうだったんでちょっと手伝おうかなって。なまえちゃんもいないみたいだし」

大丈夫です、昼休みが終わったらちゃんと仕事するんで!と胸を張る山崎に溜息を吐いた。ビクッと肩を跳ねさせた山崎がなまえと少し被る。そういえばあいつも俺の一挙一動に反応してたな。

「お前今日の予定は」

「今日は見回りと昨日の報告書あげる感じですかね」

「報告書は明日やれ。見回りは他の奴に行かせればいい」

なんなら俺が行くから別にいい。席に着いた俺をポカンと間抜け面で見てきた山崎が、白い歯を見せた。ッチと舌打ちをする俺に「分かりました。閉店まで手伝っていきます」と言う。ニヤニヤすんな、うぜえな。
がやがや騒がしい店内は真選組の奴らしか居ない。水はセルフと手書きで書かれ置いてあった。いつもならこの中にいるのに、あの女がいない。なんだか落ち着かなくて、いつも食ってるはずのマヨ丼が味気なく感じた。


なまえが店に顔を出さなくなってから三日。ウチは捕まえた武器商人の取り調べや関与していた浪士の捕縛に忙しく、あの近藤さんでさえすまいるに顔を出す暇がなかった。それでも俺も近藤さんも総悟も山崎も、他の奴らもみんな空いた時間で定食屋には顔を出していた。

「やっぱりなまえちゃん来ないですね」

厨房作業が段々と板についてきた山崎。おやっさんとの連携も取れていて、店は問題なく回る。なのになんだか足りないようで、おやっさんも俺も多分他の奴らもみんな違和感を感じていた。

「知らねえ。どうでもいいだろ。別にあいつに会いに来てるわけじゃねえ」

「…今日は何にしますか?」

「カツ丼土方スペシャル」

はいっと返事をした山崎の声はなまえと似ても似つかない。作り手はおやっさんで、今までと何も変わらないはずなのになんだか違うものを食べてる気がした。イライラする。俺があんだけ目をかけてやったのに、世話してやったのにこれはねえんじゃねえの?おやっさんにあんなにお世話になっといてこれはねえだろう。今の若いもんは根性のないやつばっかなのか?

「副長、灰皿変えましょうか?」

「ああ?」

山崎が苦笑いをした。灰皿へ視線を落とせば山盛りになっている吸い殻。ため息が出てしまう。どうして俺がこんなにイラつかされなきゃならねえ。どうして俺がこんなにあいつのことを考えてやらなきゃならねえ。何が気に食わねえんだ?全然分かんねえ。

「山崎」

灰皿を取り替えてる山崎がはい?と返事をした。これは私利私欲のためじゃない。俺のためじゃない。

「なまえの居所を調べろ。あいつはまだ疑いが晴れたわけじゃねえ」

「副長って結構追いかけ回すタイプなんですね」

「は?」

ハハッと笑う山崎。違えから、そういうのじゃねえから。

「こないだのこともある。もしかしたら何かに巻き込まれてるかも知れねえだろ」

「それはないと思いますよ。それはないって副長も分かってるくせに」

そんなのに巻き込まれてたらすぐ連絡来るでしょうと笑う山崎の顔が芋に見えて来た。そこのフライヤーで揚げんぞこいつ。

「何楽しそうに笑ってやがる」

「副長ってやっぱり不器用なんだなあって」

「何が」

「心配なくせに突き離すようなこと言うからですよ」

「心配なんざしてねえよ」

「じゃあなんです?どうしてそこまで気にしてるんですか?」

「そりゃお前…あいつは攘夷志士との繋がりがあるかも知れねえし、それに面倒見るって言っちまったし。もしもあいつが店に来れねえのがこないだの一件のせいだったら、」

「家には行ってみました?」

「は?」

「いやだから家」

「行くわけねえだろ。なんで俺がそこまでっ」

「副長はどうしたいんですか?」

どうってー…。
別にどうもしたくねえ。ただ急に居なくなったから気になっただけだ。あんだけ目をかけてやったのに急に姿を消すから…

「お前何か知ってんのか?」

「知りませんよ。ああでも家には行きましたよ、ここ終わってから」

「どうだった」

「居ませんでした。昼間はまだ行けてないんですけど」

イライラしてるのがダダ漏れだったらしい。近藤さんが「トシ」と肩を叩く。

「もう書類も落ち着いてきただろう?今晩どうだ?一杯引っかけにでも行かねえか?」

なまえちゃんもなにか考えることがあるのかも知れない、と近藤さんが言う。

「あいつが何を考えるんだよ。そんな奴じゃねえよ」

「そうか?俺には結構繊細な子に見えたがな」

何が言いたいんだ?近藤さんも山崎も。どうして俺が悪いみてえな言われ方をしてるんだ?理解できなくて苛立ちを紛らわせようと煙草に火をつけた。最後に話した時のことを思い返す。送ってってやった、連絡先を渡して何かあったら連絡しろと言ってやった、手錠だってすぐに外してやったし前回総悟がどうやったか知らねえが声も荒げず反省文だけで許してやった。何が気に食わなかった。どうして俺の前から姿を消しやがる。なんで俺を頼らない。

「保護観察下って言い方は棘があるように聞こえてしまう。そこはもっと柔らかい言葉で、」

「なんで近藤さんがそれを知ってんだ?」

「えっ?あっ、え?なっんでだっけな?なあ?ザキ!」

「ちょっ、俺に振らないでくださいよ!知らないっすよ!知らないですからね俺」

分かりやすく慌てだした二人。おいおいおいちょっと待て。そう言えば俺よりも近藤さんの方がなまえが居なくなって騒ぐと思っていたが全く慌てる様子が見受けられなかった。山崎もさっぱりし過ぎている。こいつも普段なら心配するはずだ。なんせあいつは真選組の奴らとそれなりに仲が良かったはずだから。

「おい山崎。なんか知ってんのか?」

ああ?と凄んだ俺に山崎は「なんで俺?!局長っ、助けて下さい見捨てないでください」と騒ぎ立てた。近藤さんは耳を塞ぎ知らん顔をしていて、騒がしい俺たちにおやっさんが「やっと賑やかさが少し戻って来た」と笑った。
そこで俺は気づく。俺以外はみんな、あいつの居所を知っているらしいことに。そういえば怪しい仕事を紹介されてしまったかもだなんて、それだけで心配して屯所に連絡をしてくるおやっさんが三日も無断で店に来ないあいつを放って置くだろうか。

「あの女、俺に喧嘩売ってやがんのか」

「ギブッギブギブ!副長、首締まっ、手離してくだっ」

「なんで俺以外が知ってて俺だけ知らねえんだよ!」

「副長っ、話しますからっ!話しますから!」

離して下さいと言う山崎の胸ぐらを放してやった。おやっさんが茶を出してくれて、四人で腰を下ろす。気づけば俺たち以外の奴らはもう店を出て行ったらしい。

「なまえちゃんが来なかった日、夜電話が来たんだ」

おやっさんが口を開く。そうかおやっさんには連絡を入れてたのか。俺にはなんの音沙汰もなかったがな。

「俺はおやっさんから聞きました」

「俺はお妙さんに会いに行ったら見かけたんだ」

近藤さんの言葉になんとなく予想がついた。あの女ー…

「すまいるにいんのか?」

俺以外の三人が眉を下げ困ったように笑った。そして口を揃えて「俺から聞いたって言わないで」と言った。
そうかいそうかい、俺だけ蚊帳の外にされてたわけかい。

「あの女、引きずり戻してやる…!」

気に食わねえ気に食わねえ気に食わねえ。あんだけ目をかけてやった。こんだけ気にかけてやってる。なのに、あいつは何一つ分かってねえ。なに目の届かねえところに行ってやがる。そんなんじゃ何かあった時どうすんだよ。言っただろうが、お前は俺の保護下に居りゃァいい。そうすればもうくだらねえことに巻き込まれねえっつーのに。

「トシ、落ち着こう?ね?落ち着こう?そうやって怖い言葉を使うからなまえちゃんはっ、」

「近藤さん」

「え?なに?どうしたの?」

「今晩は俺が奢る。好きなだけ呑んでくれて構わねえから」

すまいるに一緒に行ってくれねえか?と言った俺に、近藤さんは「トシは不器用だなあ」と笑った。