辛くなったら現実逃避行をします


真選組での事情聴取は簡単に終わらなかった。土方さんはいつも通りだと思ったけど、かなりご立腹だったらしい。原稿用紙を十枚机に並べ筆ペンを持ってきた。

「反省文書いたら帰してやる」

「なに書けばいいんですかね」

「反省してねえのか?」

ギロリと睨まれて肩が跳ねる。反省はしてるけど反省文ってなんだ。そんなの寺子屋でしか書いたことがない。まさか今更書くなんて思っていなかったのだ。うーんと唸る私に「知らねえやつについて行かねえこと、うまい話は裏があると思え、それからおやっさんに迷惑かけんな」と土方さんが言った。

「それでも十枚は難しいと思うんですよね」

「知るかよ。証拠がねえってだけで十分てめえも塀の中ぶち込めんだからな。寛大な処置を取る俺を敬え」

やっぱり私って怪しいのだろうか。そういえば前回も疑いが晴れたわけじゃなかったと思い出した。静かに筆を走らせ出した私を頬づえついて監視する土方さんが「辞めんなよ」と口を開く。

「何をですか?」

「店。二度とああいうやつらが行かねえようにしてやるから。辞めんな」

総悟くんがいつだか言っていた面倒見がいいっていうのは嘘じゃないらしい。どこまで私の面倒を見てくれるつもりなんだろう。申し訳ない。私がもっとちゃんとしないから。私が心配ばかりかけるから。私が迷惑ばかりかけてるから。

「馬鹿。なに泣きそうな面してんだ。てめえの為じゃねえよ。言ったろうが、責任取るって」

おやっさんとの約束を守るだけだ。
そう言った土方さんの目は真っ直ぐだ。なんだ急に恥ずかしくなる。私を心配してるわけじゃない?土方さんの瞳に映る私は本当にブサイクな顔をしていた。泣きそうな、堪えるようなそんな顔。なんで泣きたくなるんだろう。

「それに保護観察下に置いておかねえとな。攘夷浪士と少なからず繋がりがあるんだからよ」

ああダメだ。泣く。
土方さんが私を気にかけるのは私を案じてのことじゃないんだ。仕事だから、おじさんとの約束があるから。どこを取っても私の為じゃない。痛いくらい熱を帯びた目頭を押さえる。泣かない泣いてなんかやらない。私だって土方さんのことなんかどうとも思っちゃいない。
お互い無言で私は筆を走らせ、土方さんは何をするわけでもなくそんな私を見ていた。原稿用紙が埋まり、土方さんは適当にパラパラと文字数を誤魔化していないかだけ確認する。

「お疲れさん。送ってく」

ジャケットに袖を通す土方さんはジャラと鍵を手中に収め、ドアを開けた。家まで送るって、今までならまた勘違いしていただろう。でも今は、何もかもが監視されてるんだと思ってしまう。私は短絡的なのだ。もう少し頭のいい、できのいい女の人なら駆け引きも出来たかもしれない。土方さんの言葉の裏も読めたかも知れない。でも私だ。世間知らずのハコイリムスメだ。そんなところまで考えられない。

「一人で帰れます」

「一人で帰すわけねえだろ、忘れんな保護観察下だ」

ほらね、やっぱり。
しぶしぶパトカーに乗る。後ろに乗った私に舌打ちをした土方さん車内が煙たくなるほど煙草を吸っていた。怒らせてしまってる、不機嫌にさせてしまってる。でも仕方ない、何も話したくない何も聞きたくないのだ。
優しい人だ、悪い人じゃないんだと思っていたけど全部全部、仕事だったから。悲しい虚しい。

「なんかあったら連絡しろ」

アパートの前で停まったパトカー。降りようとした私に土方さんが一枚のメモを渡した。開けば電話番号とメールアドレスが書かれている。連絡なんてしない。私から土方さんに話すことなんてもう何もない。

「要らないです」

「てめえ…さっきからなんつー態度取ってんだよ。その日のうちに解放なんて普通しねえんだぞ。誰のおかげでっ」

「頼んでないです!そんなに疑うなら監獄でもどこでも入れればいいじゃないですか」

一度心を開いた相手と言うと少し重いかも知れない。でも仕方ないじゃないか。私はこんなに目をかけられたことがないんだ。友達だってそれなりにはいた。いたけどみんなその場が楽しめればいいような、そんな軽い友情だったのだ。その証拠に実家に金がないと分かれば離れていった。親ですら私を金になる木として育てていたのに。そうやって生きてきた私に土方さんはそれなりに重要な、そういう人で…
一方的に依存していたのかも知れない。ぐるぐる頭の中を駆け巡る言葉に嫌気が差した。土方さんは何も悪くないし、私が軽率な行動を取ったことによって疑われているのだ。

「…いろいろあって疲れてんだろ、帰って飯食って寝れば落ち着く。今のことは忘れてやるからまた明後日からおやっさんの美味い飯食わせろ」

これは持っとけ、と押し付けるように渡されたメモはくしゃくしゃになってしまっていた。最低だ私。何してるんだろう本当。
走り去るパトカーのテールランプをぼんやり眺めながら、優しくしないで欲しいと願った。


ベッドにドサっと体を投げやる。お風呂から出てまだ濡れている髪の毛。いつもならちゃんとドライヤーをするけどそれさえめんどくさく感じた。仰向けになり先ほど貰ったメモを眺める。走り書きのようなメモに、いつ書いたんだろうと想像してみた。きっと私が反省文を書いてる間に書いてくれたんだろう。
携帯を取り出して土方さんと登録してみた。電話帳に登録したのはこれで二つ目。お店と土方さんだけ。

窓から差し込む月明かりと携帯のブルーライトが眩しく感じて瞼を閉じる。こんなに虚しいのは、土方さんとの関係が疑う側と疑われる側から何一つ進展していないと気付かされたからだと、そう思えばもう胸が締め付けられて苦しくて堪えきれず涙が流れた。

「好きなんだよなあ」

人を好きになったこと、他人にこんなに何かを求めたこと今までになかったと思う。どうしていいか分からなくて、私は逃げ出すことを選択した。何度も言う、私は世間知らずのクソガキなのだ。この年にして逃げる選択を恥じらいもなく出来てしまう女なのだ。
泣いてボーッとする頭に、土方さんの頑張れと辞めんなが繰り返し聞こえた気がした。