上手い話ほど疑ってかかれ


「でよー、人手が足りねえんだよ」

「はあ…」

夏の暑さにも慣れてきた頃、店に一人の男が頻繁に顔を出すようになった。真選組がみんな帰ったあと、その男はおじさんのレバニラ定食が好きだと毎日のようにやって来ていた。

「お嬢ちゃんが手伝ってくれたら助かるんだけどね。どう?謝礼は弾ませるよ」

一人で商いをしているという男。おじさんが給料はよくしてくれているとはいえ、一人暮らしは結構大変だった。今までの贅沢な暮らしが抜けず毎月ヒーヒーしていた。それを知ってか知らずかおじさんが三食面倒を見てくれているのは本当に有難い。そんな私に簡単な仕事だと男が言う。しかも今日一日手伝うだけでここの3日分近い謝礼金をくれるらしい。

「やります!やらせてください!」

「おっ!乗り気だね!じゃあ頑張ってもらおうかな」

名前さえ知らない男だけど、常連さんだし大丈夫だろう。仕事内容もよく分からないけど常連さんだし、お金は前払いでくれるって言うし。私はその場で手を挙げ、手伝うことを決めた。男は定食を食べ、私にチップまでくれて帰って行った。
洗い物をしているとおじさんが「なまえちゃんいいのかい?」と不安そうに眉を寄せ首を捻る。

「ん?なにがですか?」

「あんな男の話を信用して」

「えっ、ダメなんですか?」

「うーん。ダメってわけじゃないけど…胡散臭くないかい?」

胡散臭い?そうなのかな。でもチップもくれたしお金は前払いでいいって言うし。

「大丈夫ですよー」

深く考えるのがめんどくさくなった。こんなにうまい話も世の中にはあるらしい。いや待て、もしかしたら凄く疲れる仕事なのかもしれない。仕事内容は分からないけど嬉しいことに明日は定休日だ。いいお小遣い稼ぎになると、頬が緩むのを抑えきれずふふっと声が漏れていた。


閉店時間5分前に男は迎えにやってきた。丁寧におじさんへ挨拶をしていた。怪しんでいたおじさんは私に小声で何かあったらすぐ連絡すること!と念を押した。
車に乗り込みシートベルトを着ける前に、男に前払いの話をすれば嫌な顔せずに封筒を渡された。中には昼間話していた金額より少し多い諭吉さん。

「こ、こんなに?」

「喜んでくれたなら良かった。また何かあったら頼みたいから少しだけ色をつけといたんだよ」

おじさん、この人はいい人だったよ。たくさんマネーくれたよ。封筒を握りしめ一人頷いた。男の運転する車は海の近く、人っ子一人いない工場地帯へと走っていく。その間も男は店と変わらず仕事の話や日常の話をして、私の少しだけあった不安や緊張感を和らげてくれていた。
車が工場地帯の入り込んだところで停車する。男が右側の古びた建物を指差し「この中にあるものを船に運んで欲しい」と言った。

「中身って…」

「なんてことない、ただの鉄くずさ」

なんだか少し胸がざわつく。先ほどまで人の気配なんてなかったのに、ここだけ熱気を感じた。微笑む男が嘘をついてるようにも思えなくて、私は車を降りて建物へと足を踏み入れた。中には私と同じように男に雇わられたのであろう人たちがいる。私の他に女の人がいないことも少しだけ嫌な感じだ。何がどう嫌なのかと聞かれるとちょっと分からないけど。

「早く終わらせて帰ろう」

男だらけの、しかもなんかすごい重い荷物を運びながらそれだけを考えていた。鉄くずってなんだろうって気にならないこともないけど、気にしたところで私には関係ないのだと思った。運べとは言われたけど中身については詳しく聞いていない。だから、なんだか少し怪しい仕事かも知れないと過ぎった不安を否定する。私は関係ない、関係ないのだと。
しかしそれは全く意味のないことだった。サイレンの音が聞こえて、みんなが慌て始める。私をここに連れてきた男が豹変したかのように私を押さえつけた。

「お前ッ、真選組の関係者だろう!どうして奴等が来る?!」

「えっ、痛っー…」

ドンっとコンテナに投げるように押されこまれる。お嬢ちゃんと呼んでくれていた男が私をお前と呼んだことも、真選組の関係者と言われたことも理解できない。でもああやっぱりこれ関わっちゃいけない案件だったと察した。どうしようか、お金を返したら逃がしてくれるかな。また土方さんに迷惑かけるかな、なんてそんなことくらいしか考えられない。
ガラッと開いたドアから「御用改めである!真選組だぁぁああああ!」という怒鳴り声がした。

「うわぁ、デジャブ」

こちらを睨み砂利を踏みしめ歩く土方さんが、初めて会った日と被って見えた。その姿はヒーローになんて見えない。警官になんて見えない。私を睨むその顔は般若のように恐ろしい。
男が私の首へと腕を回し、いつの間にか手にしていた短刀を首に突きつけた。一瞬のことで「え?」なんてアホみたいな声を出してしまう。

「そっそれ以上近くな!それ以上近けばこの女の命、目の前で散らすことになるぞ!」

グッと先ほどよりも皮膚にめり込んだ短刀にゴクリと唾を飲んだ。全然状況についていけていないというのに、私は殺されるかも知れないらしい。土方さん、止まって。こっちに歩いてこないで。

「勝手にしろよ。残念ながらそいつはこっち側じゃねえ。ここにいる時点でてめえらと同じだろ」

吐き捨てるように言われた言葉を理解するのにも時間がかかる。こっちとかそっちとかあっちとか、どっちでもいいんだけどそれってつまり私のこと助ける気は無いということだろうか。そりゃ夏バテで倒れて迷惑かけたりもしたけど見捨てなくてもいいじゃんか。オムライス食べさせてあげたじゃん。私、土方さんのためにメニュー表に土方スペシャルって書き足してあげたりもしたんだよ。
私の首を絞める男の力が増す。苦しくて痛くて、でも怖くて。土方さんの他にも知ってる人たちがいるのに、土方さんしか視界に映らない。他は白く光りが見えて、認識できない。

「なまえちゃんっ」

土方さんの足は止まることをしなかった。男が舌打ちをする。そして「そうか、ならば最後にこの女が死ぬところをその目に焼き付けておけ」と言った。つまりこの男、私を殺して自分も自害するらしい。なんてこった、自殺に巻き込むな。私無関係じゃん。私とあなた全然関わりなくもないけど、そんな深い仲じゃないじゃん。足をバタつかせ、どうにか逃げようとしても無駄だった。男の力にバイト以外部屋でゴロゴロしてるだけの女が敵うわけがない。男が刃先を私に振り落とそうとした時、聞こえた声は確か山崎さんの声だったと思う。