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怠そうなやる気のない目も、世の中全てに興味がなさそうな言葉たちも、煙草を加える横顔だとかぼさぼさな髪をかく仕草だとか、そんな姿を大人らしくかっこいいと思っていた。他の大人たちみたく正論を盾にしないところや当たり前だとか絶対だとかそんな曖昧な言葉で綺麗事を並べないところだとか、きっとそういう世間一般が"大人"だというものからかけ離れたところに惹かれていったのだと思う。
自由を愛した私だから、緩く甘いそんなところで砂糖漬けになっていたのだ。


ピピピッと携帯のアラームが鳴り響いた。毎日思うことだけどこんなに煩いくらいアラームが鳴っていても起きることができないのはある意味羨ましい。私は自分のものではない携帯のアラームを止めて隣で気持ちよさそうに眠るその人を揺さぶった。

「銀ちゃん、起きて。朝だよ」
「…んーあと5分」
「ご飯は?」
「あー…いらね」

もぞもぞと布団の中にすっぽり隠れてしまった銀ちゃんに溜息を吐きながらベッドから降りた。洗濯機を回したりしていれば5分は簡単に過ぎ行く。もう一度揺さぶり起こせば、布団の中から伸びてきた手に引っ張られすっぽり腕の中へと収まった。

「おはよう銀ちゃん」
「…はよ」

まだ眠いのだろう。目を閉じたまま私の胸元へ顔を押し付ける銀ちゃんは子どものようだと思う。高校生の頃は先生という立場にいたからか、ひどく大人のように見えたのに。

「遅刻しちゃうよ?」
「…今何時?」
「7時半過ぎ」
「やっべ、今日会議あんだよ」

慌ててベッドを飛び降りる銀ちゃんにふふっと笑みが零れる。寝癖がついているのかどうかさえ分からないご自慢の銀髪をふわふわとなびかせながら冷蔵庫を開け、いちご牛乳をパックのまま飲むその姿は毎朝恒例になっていた。
会議があるから早く行かなければならないと言うわりに全く急いでる様子は見えない。いちご牛乳を飲んだ今は、ソファーに座り朝の占いを見ている。そして笑顔で振り向いて「なまえちゃん今日最下位だってよ」と言った。

「ええ、やだなぁ。占いと言えど悪いことが起きちゃう気がする」
「なんか予定あんの?」
「ほら、今日プチ同窓会だよ。3Zの」
「あぁ、そう言えばそんなこと言ってたな。あれじゃね?神楽が食べ物全部食べちゃったとか沖田くんと神楽がまーた喧嘩始めたとか近藤が志村にシメられたとかそんなんじゃねえの?」

ニカッと笑う銀ちゃんは私の元担任で今は恋人だ。教え子に手を出したと言われればそれまでだけど、別に高校時代から付き合ってるわけじゃない。将来の夢もやりたいことも何もかも無かった私に「じゃあ俺のお嫁さんとでも書いとけば」と言ってくれ冗談で進路調査表にそのまま書いた私に「初っ端お嫁さんだと色々アレだからまずは卒業したら彼女さんからなんてどう?」と真顔で返してきたのだ。ふざけてるのかと思っていたけれど、卒業式のあと呼び出され本当に合鍵を渡された。「進学も就職もしなかったんだからこれ一択でしょ」と笑いながら。

「俺も呼んでくれりゃいいのになァ、あいつら薄情なもんだよ全く」
「本当の同窓会には呼ばれてるでしょ?今日はその同窓会に向けての決起会だって、言い出しっぺは桂」
「決起会ってなんだよ。あいつ相変わらずなのな」

帰りは迎え行くから連絡入れてという銀ちゃんにありがとうと返しながらお弁当を包んだ。行ってらっしゃいと送り出せばキスを一つ落とされる。

「あんまハメ外すなよ、それから朝帰りは禁止な。あーあと高杉にはあまり近づくなよ」
「高杉?どうして?」
「あいつはダメ、なまえちゃん狙いだったからダメ」

そんじゃ行ってきまーすと出て行った銀ちゃんは、私がいないと分かっている今日、誰と過ごすのだろうか。
左手の薬指にハメられた指輪は去年二十歳の誕生日に銀ちゃんがくれたもの。男避けと言っていた銀ちゃんの指にも同じ形のものがはまっている。でもこれが銀ちゃんにとって女避けにならないことを、私は知っている。
溜息を吐けばピーピーと洗濯機の止まる音がした。


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