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恐ろしいくらい届いていたメールも電話も無視することにした。高杉は新しい携帯買うか?なんて言ってくれたが、それは申し訳ない。
あの日以来銀ちゃんには会っていないし、高杉も少し警戒をしているのか一人で外にはでない方がいいと言っていた。

「ねえ、ご飯何食べたい?」
「炒飯」
「え、そんなものでいいの?」
「高校のときよく作ってたろ、人ん家で」

テレビを観ながら言った高杉に笑ってしまった。高杉は本当に、なんというか、私のツボをよく分かっているというか…言葉にすると難しく感じるが、高杉の家に居候させてもらってから毎日が幸せで胸が暖かくなる。

「高校の続きって、料理もなの?私あの時よりも上手くなったと思うんだけど」
「例えば?」
「高杉の好きなものなら頑張るよ」
「だから炒飯」

顔だけこちらに向けた高杉は至極真面目な顔をしている。そんなに炒飯を好きだったのだろうか。高校の頃は冷飯と卵だけで作っていたけど、あれをご希望なのだろうか?

「昨日も袋麺作れとか言うし…お腹空いてないの?」

それとも私の手料理は食べたくない?冷蔵庫を覗きながらそんなことを言えば、いつの間にかキッチンに来ていたらしく高杉が冷蔵庫を閉めた。

「今お前が何考えてるか当ててやろうか」
「ん?」
「私の手料理食べたくねえのかな?って」
「あ、うん、そう」
「違ェーよ。しばらく会ってなかったから懐かしいだけだ」

お前高校の頃壊滅的に料理出来なかったよな、と笑った高杉に胸が締め付けられる。一緒に過ごしてまだ数日だけど、高杉は照れもせずに私が喜ぶ言葉を言う。それは銀ちゃんもそうだったけど、高杉の言う言葉は特別な感じがしてひどく甘く感じた。

「ねえー、本当に私のこと大好きだよね」
「そうでもねえよ」
「え、そうなの?」
「馬鹿、一々間に受けてんじゃねえ」

炒飯作れよと言ってお風呂場に向かう高杉に、この幸せがずっと何からも邪魔をされず続けばいいのにと思った。

二人で大して手の込んでない、料理と言えるのコレという炒飯を突いていれば高杉の携帯が鳴った。そう言えば高杉の携帯が音を出すのは初めて見る。

「電話?」

メールにしては長く鳴っている。携帯を見て、私から隠すように裏返しにされてしまった。それに、銀ちゃんのことが蘇る。もしも高杉も、他の女の子とそういうことになっていたら…。高杉はそんな人じゃないと分かっていても怖くなってしまう。

「おい、不安そうな顔すんな。大丈夫だから」
「うっうん」

笑顔を作ってみたけど、高杉にはそんなことお見通しらしい。ひっくり返された携帯を見せてくれた。何件も続く、見覚えのある名前。
"人の女に手出してんじゃねえよ"
"夜道には気をつけろよ?"
"なまえどこやった"
"返せクソガキ"
その文面を見て、自分がどれだけ馬鹿なのか気づく。高杉は、私が不安にならないようにいつも携帯をマナーモードにしていたのだ。今だって私が怖がらない為に、画面を伏せたのだ。なのに、私は…

「ごめん、高杉、私」
「だから大丈夫だっつってんだろ、こんなん予想の範囲だ」

美味かったとスプーンを置いた高杉がそのまま携帯の電源を落とした。私になにかできることはないだろうか。本来なら私と銀ちゃんの話だ。痴話喧嘩ではないけど、別れ話をきちんとせずに逃げ出した私が悪いのにどうして銀ちゃんの苛立ちは高杉に向かっているのだろう。

「俺がいない間、宅配便でも絶対玄関開けんなよ」

そう言った高杉の目は冷たそうに見えていつだって優しい。ああそう言えば私は、どうして銀ちゃんから離れなかったんだっけ。
そうだ思い出した、情だ。私を好きだと言ってくれたから、側にいた。楽しかった、楽だった。でも私の気持ちは上手く恋愛に変換できなくなって…。
銀ちゃんの言っていた"どうやったら高杉を忘れられるのか"という言葉に謝りたくなる。
銀ちゃんは私の気持ち、ずっと知っていたのだろうか。他の男を好きだと思ってる女をずっと、養って来たのだろうか。私の言っていた銀ちゃん好きだよという何気ない言葉にも、傷ついていたのだろうか。

「高杉、もしも私が高杉と再会しなかったらどうなってたのかな」
「ずっと泣いてたんじゃねえの?お前の携帯、俺の番号通じなくなってたからな」

ああそうか。銀ちゃんは、花嫁修業がさせたかったんじゃない。高杉から離したかったんだ、私を。

「会わない間も私のこと好きでいてくれたの?」
「んや、他の女と付き合ったりもしてた」
「え、そうなの?」
「当たり前だろ」

そう言って私の腕を引いた高杉は、今日も私の首に跡を付けた。高杉はよく跡を付けたがる。

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