中学の委員会で一緒になった男の子は、へらへらとお調子者でサボり癖があって、不真面目な奴だった。それでもいつも人が集まってきて、しかも成績も良かった。
高校に入って委員会でまた一緒になった。背が伸びたらしく、同じ高さだったはずの目線は見上げなければ交差することがなくなった。相変わらずお調子者でサボり癖があって、嘘を言ってるのか本当のことを言ってるのかよくわからない奴だった。
大学に入ってから学部が一緒だった。なんとなく中学から顔を合わせていて、お互い特に仲が良かったわけじゃないが顔見知りということもあり徐々に会話をするようになった。ただのお調子者だと思っていたけど、実は繊細で優しいやつだと認識が変わっていった。


「アイス食って帰ろうぜ」
「31日じゃないから嫌」
「お前ほっんとう貧乏性だよな。今時割引されてない日以外買わねえって、どうなわけ?有り得なくね?」
「じゃあ他の子誘えばいいじゃん」
「そんなことしたらお前一人になるじゃん」
「別に帰るくらい一人でもいいんだけど」
「またまたー。本当は寂しがりやなの知ってんだぞ俺」


一緒に帰ろうだとかそんな約束をした覚えはなかったけど、気づけばいつの間にか坂田はいつも私の隣にいた。始めの頃は少し戸惑ってしまった。今まで誰かとこうも毎日一緒にいることがなかったからだ。一人に慣れていた私にとって坂田銀時という存在の影響力は計り知れなかった。私にとって坂田はもう特別な存在になっていた。


「髪の毛伸びたよな、切らねえの?」
「拘りがあるわけじゃないんだけどね。別に不自由してないから伸ばしとこうかなって」
「俺ショートヘアの子好きなんだけど」
「なんで好みに合わせなきゃいけないの?」
「とか言って切ろうと思ったんでしょ?素直じゃないよなー本当」
「思ってないし、仮にこれから先思ったとしても関係ないし」


胸元で揺れる髪の毛を摘んでみた。いつから伸ばしているだろうか、かれこれ3年くらいは伸ばしているかもしれない。毛先が傷んできていて、少し切ろうかと思えた。


「なあ、今日家行っていい?」
「ご飯作ってくれる?」
「カップラーメンな」
「じゃあやだ」
「炒飯」
「ワカメのスープも飲みたい」
「はいはいワカメのスープな。スーパー寄ってこうぜ」


夏の訪れを感じる昼下がり、少し触れた手の甲がもどかしかった。


「そう言えばさ、彼女は?元気?」


私の問いにニッコリ笑った坂田は「元気なんじゃね?」と言った。坂田が好きなのはショートヘアの女の子じゃなく、少し離れた大学に通うショートヘアのあの子だ。
高校の頃、彼女と毎日のように一緒にいる所を見ていた。坂田がぞっこんなのだろうことはその頃から知っていた。あの坂田くんが彼女のバイト先まで送り迎えしているらしいよ、と一時期同じクラスの女子が騒いでいたのを耳にしていた。


「あいつ今日飲み会なんだってよ、サークルの」


力なく溢された弱々しい声に、あの頃の坂田の面影はない。自信に満ち溢れていていつもへらへらとしていて、人に囲まれていた坂田はもういない。
彼女が心配するから女友達は作らない、彼女に呼び出されたらいつでも飛んで行きたいから男友達とも滅多に遊ばない。坂田の世界の中心には彼女がいる。物事全て彼女基準に判断する。


「行かないでって言えばいいのに」
「言えるわけないっしょ、面倒くせえって思われたくねえし?」


腹減ったと少し足を速めた坂田の背中に手を伸ばしてそのまま下ろす。別に触れたかったわけじゃない。ただやはり届くことはないのだと再確認した。


「早くしろよ、まじ腹減ったんだって」


振り向いた坂田は先ほどとは打って変わって明るい声だ。どんなに背伸びをしても同じ目線で世界を見ることはできない。
坂田の世界で私は背景と変わらないのだろう。
彼女よりも近くにいるのに、触れられない。彼女のことに一喜一憂してる坂田は情けない。
小走りで追いかける背中はいとも簡単に追いついた。