テレビの音で目を覚ました。家に帰宅してそのまま寝たはずなのにどうしてテレビが点いているのだといつもリモコンを置いているところへ手を伸ばす。手探りで電源を落とせば「何消してんだよ」という声がして、心臓が止まるんじゃないかというほど驚いた。


「なんで、いるの。すき焼きは?」
「なんで俺がカップルと3人で飯食うんだよ、あんな暑苦しい奴らと食ったら不味くなんだろーが」


当たり前の顔をして私の部屋でリラックスしている高杉。どうしてここにいるのだろう。坂田の友達が私だと分かって、どうしてそれでも平気でいれるんだろう。分からない。寝起きで頭がうまく回らないからか、それとも私の知っていることからでは高杉という男の思考を理解できないのか。


「聞きてえことあんだけど」


そう言った高杉の顔は、初めて会った時のように綺麗だった。


「……なに」
「とりあえず腹減ったからなんか作って」
「え、腹減った……?」
「そりゃ腹も減るだろ。今何時だと思ってんのお前」


そう言われて時刻を確認する。もう日付を跨いでいた。


「え?私そんなに寝てたの?」
「5時間は寝てんじゃね?」
「あ、そんなに。じゃあずっとお腹空かせてたの?」
「寝てるところ犯してやろうかと思ったけど余計腹減るからやめた」


その言葉に瞬きを二度も連続でしてしまった。「なんだよ」と少し強く言った高杉の顔は、暗くてよく見えない。
だって、今日の高杉、なんだかいつもよりもよく話す。


「でもうちなんもないから、コンビニ行ってくる」
「じゃあ要らねえ」


財布を手にした私の袖を掴んだ高杉が、「座れよ」と言う。お腹、空いたんじゃないの?
少し間を空けて隣に腰を下ろす。こんなことならテレビを消さなければよかった、無音が無駄に重い雰囲気にしていった。
先に口を開いたのは高杉で、「銀時が好きなのか」と言われた。


「それが聞きたいこと?」
「いや」
「じゃあ聞きたいことから聞いて」
「なんでだよ、答えろよ」


高杉はスマートフォンをいじりながら、私は爪を切りながら。目も合わさず、会話を続ける。もうこれで終わりだとしても仕方ない、なんだかんだ2年も一緒にいたのか。
初めて会った日のこと、初めて抱かれた日のこと、もう嫌だこんな関係やめたいと泣いた日、会いたくて寂しくて声が聞きたかった日。色々と思い出して、なんだか妙に暖かい気持ちになった。
表しようによっては、これはこれでいい経験だったのではないか。初恋は実らないというし、仕方ないことだったんじゃないか。
高杉が悪いわけじゃない、かといって私だけが悪いわけでもない。
俺のこと好きだったのかと聞かれて、素直に答えたとして。それで終わるなら、もう仕方ないじゃないか。


「ねえ、高杉」
「あぁ?」
「私の名前知ってるの?」


一度も呼ばれたことないけど。聞かれたことも無いけど。高杉は私のことをどこまで知っているのだろうか。少しも興味も持たれてなくて、何も知らないと言われたら笑ってやろう。私は高杉の名前も掛けたことない携帯番号だって覚えているんだから。


「名前、苗字名前」


パチン、と爪切りが音を立てた。泣きたくなる。なんで、どうして。聞いたことないくせに、呼んだこともないくせに。なんで知ってるんだという気持ちと、知っててくれたことが嬉しい気持ち。


「わ、たしの誕生日」
「○月×日」
「私の大学は」
「○○大」


なんで、知ってるの。どうして答えられるの。興味無い顔して、いつも冷たくするくせに。なんでそんなに当たり前の顔でスラスラと答えられるの。


「私の電話番号は?」
「は?つかなんだよ、電話番号なんか覚えてるわけねえだろ。見りゃ分かるけど」


そう言ってテーブルに置いてある自身のスマートフォンに手を伸ばす高杉。ああもう、いい。別に、いい。ちゃんと登録してくれてたならもうそれでいい。
ごめん、なんでもないと振り絞って言うしか出来なかった。私が懇願していたものには少し、いやもしかしたらだいぶ、欠けているかも知れないがそれでも満足だった。名前も誕生日も、知っててくれた。もうそれでいい。
ありがとうなんておかしいかも知れないけど、どうしても言いたくて好きだよの代わりに「ありがとう」なんて言ってしまった。


「……変な奴」


泣いてんのか?と頭に乗せられた手がいつだかの坂田と被る。坂田に何度も撫でられたことがあるのに、家族以外にも坂田に撫でられたことがあって別に初めてってわけじゃないのに。ああもう嫌だ、馬鹿野郎。もう堪えきれない。頬を伝う涙。
やっぱり私は高杉が好きで好きで、どうしようもないらしい。終わりでいいなんて思えないから、今からまた新しい嘘を吐けばもう少しこの関係は続けられるだろうか。