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「三郎、」
呼びかけて開けた障子の向こうには、見知らぬ顔の女が居た。赤い着物に、ゆるく一房に結われた美しく長い黒髪が目を引く。女は一瞬目を見開いてから、俺を小馬鹿にしたような笑みを見せた。その妖艶な容貌に、俺は少し動揺してしまう。唇に引かれた紅が暗がりの中で眩しい。
「……他人の部屋に入るときは返事を待つか、いっそ気付かれないくらい気配を殺したらどうだ?八左」
聞き慣れた男の声がその唇から発せられるまで、指一本すら動かせなかった。それほどまでに惹き付けられた。それは女を見慣れぬ環境で過ごしているせいか、目の前の人物が知り合いだと分からなかったせいか。思わず言葉も詰まってしまう。
「あ、あぁ、すまない……変装の練習でもしているのか?」
「まぁそんなとこだな」
ひらりと振られた手は白粉でも塗ったように際立って白く、その指先はほっそりとしていて本当に女のようだった。普段意識して見る事がないから覚えていないが、いつもの三郎もこんな手をしていただろうか。
思わず見とれていると、女――いや、三郎が怪訝そうな表情で俺の顔を覗き込んできた。着物に香でも焚いているのだろうか、ふわりと花のような甘い香りがする。くらり、と眩暈がした。
「というか、私に何か用でも」
思わず、彼が最後まで言い終わらないうちに、ごく自然にその言葉を塞いでしまった。まるで花の鮮やかな色と香りに誘われた蝶のようにだ。合わせた唇の感触に自分で驚いて勢いよく身を引くと、三郎は口元を袖で隠しながらころころと俺を笑った。
「なんだ、欲求不満なのか?」
いくら女の姿をしていたって、私だと分かっているだろうに。言われて顔が紅潮するのが分かった。余裕な彼にいつもの調子で返せない自分がひどくもどかしい。
「ち、違うぞ」
「じゃあどうして?」
うろたえながら答えれば、間髪入れずの問いかけにたじろぐ。顔の下半分を覆う赤い着物のせいで、その表情は窺えない。けれど、ゆるりと細められたその瞳には普段の飄々とした面影はなかった。探るような、どこか縋るような光だった。
「どうして、って」
口の渇きが気になって唾を飲み込んだ。期待してしまってもいいのだろうか。今の関係を壊すであろう、俺の言葉への彼の返事に。





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