01
石田三夜は長々と続く、あぜ道を歩いていた。
御上の命により、武州にある北条の支城の一つである「忍城(おしじょう)」を訪れるためである。
最も、直接訪れたところで不審人物以外の何者でもないので知り合いの元に先に訪れようとしている。
今回の御上の命というのも公式に、というわけではないので尚更である。
式神である白虎に先に彼の居場所を探してもらうと田で農民と一緒に居るというのだから、あの頃とあまり変わってないんだな…と思いつつ白虎と畦道を歩いている。
この忍城は珍しい“浮き城”である。
本丸を含め、二の丸、三の丸、諏訪曲輪といった城の主要部分が独立しており橋によって、連結されている。
忍城は小田原城のように天守があるわけではなく、言うならば武家屋敷のように平面な構造である。
しばらく歩くと何やら声が聞こえてきた。
近くになるにつれ、それが田植えをする農民であることが分かる。
ということはこの集団の中に…
「相変わらずですね、長親殿。」
その姿を見つけ、そう声をかけると長親は顔を上げ驚いたよう表情を少ししたが、平常時からあまり感情の起伏が表に出ない質であるためにその変化はささやかなものであった。
「三夜、久しぶりだな。」
「はい、久しぶりです。」
一礼し、そう言った。
そもそも何故、私が成田家一門で城代である彼と面識があるか―――そもそもそれは、十数年前に遡る。
当時、東宮であった和仁と三夜はお忍びで小田原城下を訪れたことがあった。
その途中で此処、忍城は城下と言っても宿場が無かった為、どうしようかと思った時に長親とその父である泰季に一晩泊めて貰ったのだった。
それから文通のやり取りが幾度かあった。
多分、泰季殿は衣服などから此方の身分が農民でも武士でもないことが分かっていたのだろう。
その文のやり取りが途絶えたのが太閤殿が小田原攻めを宣戦布告する幾月か前のこと。
朝廷にも小田原攻めの情報は色々と入ってきているから、彼らの身を案じた和仁が三夜に様子を見に行かせたのだった。
「ご無事で何よりです。」
「せっかく三夜や和仁に迷惑をかけまいとしたのに。」
信親は頭を掻き、普段はあまり表情を出さない彼が困ったようにそう言った。
「私達はそう簡単に友人と縁を切ったりしませんから。」
三夜は微笑みそう言った。
「わしは良い友人を持ったようだ。」
そんなやり取りをしていると、不意に馬の足音が近づいた。
「長親。」
馬で近寄ってきた男は無駄なく引き締まった筋肉を持った体躯をしていた。
「何じゃ丹波か、どうした。」
その言葉にふと、長親が昔言っていたことを思い出した。
成田家一の家老で長親の幼馴染の名を正木丹波守利英(まさきたんばのかみとしひで)といったことを。
「どうしたではない。早々に本丸に来いとのお館様のお達しじゃ、乗れ。」
そう言った後、ふと三夜の方を見た。
「この女は?」
視線を向ける丹波に三夜は一礼した。
「わしの友人じゃ。三夜も一緒に行くぞ。」
その言葉に丹波がギョッとした顔で長親を見た
「長親、この馬にあと二人も乗れぬぞ。」
「お構いなく。あちらに馬を待たせていますので先導していければ大丈夫です。」
こうして大男を乗せた相乗りの馬と三夜が乗る白馬というなんとも光景であぜ道を駆けていったのだった。