それは唐突に起こった。烙印の娘である優殿がその姿を消したのである。家臣や侍女達は大騒ぎとなった。しかし、信玄の対応はあまりにも淡白であった…今まで優殿にあれほど固執していたのに、そのあっけなさは逆に不気味ともいえる。優殿が姿を消した要因は先日ここ躑躅ヶ崎館まで乗り込んできた織田信長と石田三成の強襲が関係しているのだろうが。双方とも負傷し、優殿によって引いたようだが石田三成に至ってはとても危ない状態だったので思わず彼らの敗走の手を貸してしまった。もちろん、その様子を私自身が間近で見ることは自殺行為に等しいなので式神に監視をさせていたのだ。世界は違えど、自分の片割れと同じ名前を持つ人間が目の前で死ぬのは許せなかった。無論、この幼い姿で行ったとしても馬鹿にされるであろうことは目に見えていたし、相手は武田に戦いを仕掛けてきた敵将である。その武田の姫が手助けしたなんて噂が和仁の耳に入ったら面倒なことになるのは明らかだった。久方ぶりに枷を外し、本来の姿で彼らの前へと現れた。最も、石田三成の怪我の治療と織田信長に武田領からの撤退に適した道を示しただけなのだが。彼女が居なくなって一日が経とうとしているが、一向に信玄は行動に移さない。

そう、まるで彼女が自ら此処に戻ってくるかのように。

「…それは、武田信玄も自信家だな。」

一連の話を聞いていた和仁がおもむろにそう言った。

「そうかもしれませんが…それより以前にも増して信玄にまとわりつく狂気が気掛かりです。」

私が武田家に来た時には感じなかった狂気が確かにそこには存在していた。信玄によって屋敷の中に立ち入り禁止とされる部屋があるが、優はそこへ平然と出入りしていた。家臣や女房達には立ち入り禁止以前にその部屋の存在を認識してないようだが、以前興味本位で立ち入ろうとしたらその邪気によって皮膚が爛れた。一体何が起こっているのか、考えるだけでおぞましい。

「この世界は何もかもがおかしい。世界も、俺も、お前も…」

そう言った彼は部屋の襖を開けはなった。外はどんよりとした曇天である…もう幾日太陽は姿を現していないのか。

「否定はしませんが…早くあの世界に戻りたいものです。」

「…、そうだな。ところで、お前屋敷に戻らなくて平気なのか?」

御所にある和仁の部屋の掛け軸の裏にある五芒星と三夜の部屋にある五芒星が道を繋いでいるため、気軽に行き来することが出来る。

「…私が居なくても、誰も気付きませんよ。優殿は気付くかもしれませんが、彼女は今居ませんし。兄上は彼女以外眼中にはないようですから。」

この世界に来てから、どうも自分の影が薄くなったように感じる。それはどうやら、和仁様も一緒のようで。言うならば、この世界にとって異端な存在であるがゆえに認識されにくいとでも言えば良いか。きっと、この世界の中心となるのは烙印の娘と痣を持つ武将達なのだ。


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