壱
太陽が影に食われ、空に黒蝶舞し刻
烙印の娘、約束の地に光を纏いて顕現す
烙印の華が咲いた時、天下は烙印の娘を得た者の手に…
「……って、この伝承が巷で話題になっている烙印の娘に関する原書なのでしょうか?」
政務をこなしている彼の傍ら、柱に身を預け古びた巻物を読み上げていた。巻物には所々破れや血が滲んでいる。筆をすらすらと滑らせていた彼はコトリ、と筆を起きこちらを見た。
「…さぁな、烙印の娘に関する書物は朝廷には殆ど保管されていない。むしろ、武田の姫であるお前の方が詳しいんじゃないか?」
「伝承に詳しいのは兄上だけですから…それに関する書物にも触れさせてくれませんしね。」
八方塞がりのこの状況に対し、はぁ…と溜息をついた後に巻物を元の形に戻し床に置いた。
事の発端はつい数ヶ月前、光と共に現れた烙印の娘「鹿目 優 」にある。彼女は未来から来た娘で、伝承通り蕾の形をした痣を持っていた。彼女が現れた瞬間に複数の武将に同様の黒い蝶の痣が浮かび上がったのだ。彼女の蕾を華へと咲かした者は天下を得る、と同時にその過程でその身に呪いを纏うことになるらしい。その伝承を伝えたのは他ならぬ我が兄上であるが、今回の件があるまでそんな伝承の存在を私は知らなかった。現在、烙印の娘である優殿は我が屋敷に居る。兄上に彼女のことを気にかけてやってくれとは言われたが、そもそもその伝承そのものに不信感を持ったのだ、私は。だから彼なら何か知っているかもしれない、または所持しているかと思ったのだが…
「…当てが外れました。」
そういい、項垂れていると陰がさした。いつの間に移動したのだろうか、とぼんやりと考えているとポン、と頭を撫でられた。
「まぁ、お前が望むのなら調べといてやる。」
「ありがとうございます、ですがこうやって子供扱いするのやめて頂けませんか?確かに姿形は子供ですが…。」
齢は二十歳を超えているのだから。
「…お前が小さくて俺のが歳上というのが新鮮でな、つい…やってしまうんだ。」
懐かしむように目を細め、そう言った彼を見上げればその顔には哀愁が漂っていた。
「はぁ…まぁ、枷がなければこの体も年相応になるのでしょうが…」
強すぎる力は良からぬ物を呼び寄せてしまう、それが世の常だ。そのために、今の容姿の時に枷をかけて力を封じた。
「だろうな…だがこの世界でその力な過ぎたるものだ。隠しとくに越したことはないだろう。」
「それは貴方とて同じでしょう、主上。以前よりも増して先祖返りの血が濃くなっている。」
感じる眩さは彼が以前に増して力を得ている証拠だ。何もせずに居るだけで空気を浄化するなど人間業ではない、それこそ神の力だ。実際、彼の祖先は遡れば天照大御神の血筋を引くと言えるのだから。
「まぁ、ただ視える状況よりも今のがよっぽどましさ。」
ぎゅっ、と拳を握りしめた彼を横目に私は立ち上がり、彼の拳を包み込んだ。
「では、私は一層貴方の懐刀として技術を磨かねばなりませんね。」
「…ふっ、期待してるぞ。」