に、




「羅刹、ですか…。」

暇を十分満喫し、久々に御所に出仕した矢先に今京の都で夜な夜な出没するという化け物の仔細について晴雄さんから聞かされた。その化け物は鬼曰く、鬼の紛い物であり名を羅刹という…と。

晴雄さんは朝廷と京に住まう静御前の血を継ぐ鬼との橋渡しをしている。正確に述べるならば、代々安倍家の当主が行ってるというべきか。ああ、今は土御門家か。ちなみに、晴雄さんは本家の人間で私は彼の従兄弟にあたる。彼ら…鬼は人里から離れた地に住処を置いている。基本的には有事以外はお互いのことに干渉しないという暗黙の了解があるが、時の権力者によってはその鬼の跳躍した力を手に入れようと過剰な干渉をしようとするものが現れることも時代によってはある。東国一と言われた雪村家も十数年前の幕府の人間からの干渉を拒絶した結果、里を滅ぼされ多くの鬼が亡くなった。人間は過ぎたる力を欲する癖に、手に入らないと分かると掌を返し排除しようとする…そういう生き物だ。京ではそのようなことが起こらぬよう、間に安倍の人間が入るのだ。陰陽術を用い、鬼を退く力を持つ人間を置くことで朝廷は鬼への牽制をしている。と、同時に安倍の人間が無闇にその力を奮わないことを鬼は知っている…なんとも危うい均衡だ。板挟みになってる我が一族の気苦労は絶えない。

羅刹が出没するようになり、晴雄さんはその特徴に当てはまる鬼の一族に問うたようだ。広く京に蔓延してるわけではないが、その独特の気配には悪寒が走る。羅刹は元は人間で変若水という液体を飲むことによって白髪、赤目になるという。朝日には弱く、夜徘徊するのは血を求めその渇きを満たすためらしい。日の本に住む鬼とは違い、変若水の元は異国の鬼の血液らしいが向こうの鬼は人間の血を吸うようだ。それが、薬と偽られこの国に入ったようだ。昔から変若水は飲めば若返ると言われる月の不死信仰の霊薬の一つである。強靭的な能力を得ることを比喩してその名前をつけたのだろうか、真偽は不明であるが。

「らしいよ、京の鬼から見つけ次第始末してくれってさ。やつらは頭を跳ねるか心の臓を貫かない限り死なないそうだし。」

晴雄は面倒な頼まれごとをしたものだ、と頭を振った。

「元人間とは言えど、人を殺すのは抵抗を覚えますね。真言で倒すことは出来ないのでしょうか?」

陰陽師は人々の生活を手助けする存在であって、無闇に人を傷つける存在ではない。という綺麗事を並べても仕事上、政敵を呪ってほしいといった依頼が舞い込むことも間々あるのだが。最も、陰陽師は呪術を使うためそこらへんの町人よりは刀を使えるかもしれないが武士や武官に比べたらその能力は格段に低い。

「さぁ〜ね、ボクもそこまで知らない。ま、兎も角三夜も気をつけてね。」

「…肝に命じます。」

一礼し、晴雄の元を後にした。
三夜は現在は陰陽寮にその身を置いているわけではなく、東宮侍従(とうぐうじじゅう)として和仁に仕えている。三夜の容姿は石田三成とそっくりの麗人であるが、それゆえにその容姿は中性的である為周りの者で事実を知るのは身内のみである。ゆえに、親王であるため自由が利かない和仁の代わりに市井に赴き専ら情報を集めるのが三夜の仕事である。

まるで昔のようだ…とくすり、と三夜は笑んだ。あの頃と違い、久脩はいない。自分も土御門の本家の人間ではない。違いを挙げればきりがないのだけれども、その中に細やかにある変わらぬものがある。それが、とても幸福であると…最近はそう感じるのだ。以前は悲観したりもしたが、紫樹や和仁が居たからこそ私はこの時代に生きていけている。

そう感傷に浸って廊下を歩いていると、前から見覚えのある顔が来た。向こうも此方に気付いたようで足早に近付いてきた。

「よう、久しぶりだな、三夜。」

片手を挙げ、にっかりと笑う。

「えぇ、全く。ただいま帰りました、紫樹。」

彼は今、近衛兵の役についている。元々はそのような役職はなかったのだが、和仁が進言し帝や皇族の護衛のために新設したのだ。その中でも紫樹は和仁付きの護衛である。

「和仁んとこに行くのか?」

「そのつもりですが…」

今行ったらまずいことでもあるのだろうか。戸惑う顔をしたら紫樹はため息を吐いた。

「今は止めといた方が良いぜ、珍しく虫の居所が悪いみたいだからな。」

その言葉に思わず瞬きをした。
彼がそのような態度をとることは、とても珍しくことだ。

「御上に何か言われたのでしょうか?」

「…かもしんねぇな。」

今上天皇、つまり和仁様の父上のことなのだが彼は父との仲があまり良くないのだ。幾度もその意見が合わずに衝突しているのを目にしている。和仁は昔のこともあり、徳川幕府に良い感情を持っていないので実質倒幕派の考えを持つ。対して父である孝明天皇は自らの妹である和宮を徳川家茂に嫁がせる、いわゆる公武合体を行なったりした幕府と朝廷が歩み寄るのを推奨している。和仁は叔母である和宮が嫁ぐ時も反対したが結局聞き入れられることはなかった。それから双方の溝は深まり、今や朝廷内でも内部分裂しそうな気配がある。

「にしても、お前が和仁以外を御上と言うのには違和感を感じるな…」

「…致し方ないでしょう、今彼の方は東宮なのですから。」



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