漆
「結局こうなるんですね。」
三夜は1人、ポツリと呟いた。
「千景さんは満足でしたか?」
既に事切れた風間に問い掛ける。
季節外れの狂い桜が咲き誇る蝦夷の地で、彼は鬼の誇りを掛け、新撰組副長の土方歳三と戦った。
途中、天霧や不知火と離別して此処まで来たのだ。
三夜は彼らと共にではなく、風間とこの先を見ると決めた。
私をあの地で見つけたのは千景さんなのだから…
物憂いをしていた三夜の耳に入ってきた嗚咽混じりの泣き声はいつかの彼女だった。
「ひじ…た、さん!」
今更だが、風間は負け死んだが紙一重の戦いだった為に相手の土方歳三も当然ながら瀕死状態である。
彼も、また鬼の紛い物を作る薬である“変若水”を自分の志の為に口にした人間の1人だった。
その志はあの時、義を貫く為に戦った彼等と同等、賞賛に値するものだろう。
ならば、そんな意志の強い者を此処で亡くしてしまうというのも惜しいものだ。
十二神将には及ばないが、傷を治すだけならば…
そう思い、足を彼等の方に向けると千鶴と呼ばれていた少女は弾かれたように顔を上げ、刀に手を掛ける。
「まだ、何か用があるんですか!?」
「彼の傷、私なら治せますが…どうします?」
そういうと彼女は信じられない、と言ったように目を見開いた。
「なんで敵である土方さんをあなたが…」
「前も言ったと思いますが、薩摩に居候しているだけです。」
ただ、東西に分けた場合に西軍側であるのだが。
それはこの場で言うことではないだろう。
「……っ、お願いしても良いですか。」
少し考える素振りをした後、彼女はそう言った。
「はい。」
一言返すと三夜は土方に手を翳し呪を紡いだ。
すると傷口は見る見るうちに治っていった。
「………!」
様子を見守っていた彼女が小さく声を上げた。
だが、傷は治ったが土方が目覚める気配はなかった。
変若水は己の未来を代償に最大限の力を引き出してくれるものだ。
彼が今まで無理をして、その力を使っていたことは明白だろう。ならば、彼の命は灯火状態と言っても過言ではないかもしれない。とても迷惑なことに解毒薬は開発すらされていないということだから。
泰山府君(たいざんふくん)の祭りをするしかないか。生者と死者の命を祭り替える呪術である。
この場合の死者は土方歳三、生者は私。いや、そもそも私を生者と指して良いのか。肉体があるから問題ないか、
三夜は和仁に貰った菊紋入りの数珠を手首から取った。この数珠は三夜の霊力を制御する役目を担っている。
そして呪を紡ぐ。
すると、先程には分からなかった霊力が目に見えるほど強くなった。
「……っ、」
そこから土方歳三が目を覚ますまで僅か数秒。
「…千鶴か?」
土方を覗き込むようにしていた彼女が安堵の声をもらす。
「…は、い…土方さん、」
すると目線が千鶴から後ろで控えていた三夜にゆく。
千鶴に体を支えて貰いながら狂い桜の大樹にその身を任せた後、口を開いた。
「……何故、俺を助けた?」
「助けるのに理由がいりますか?……しいていうならば、貴方に武士(もののふ)の生き様を見たからでしょう。」
その言葉に土方は目を見開く。
まさか、敵である三夜にそのようなことを言われるとは思っていなかったのだろう。
「変若水の呪縛も共に解かせて頂きました。薄桜鬼、という鬼の名を貴方に付けた千景さんには悪いですが。」
「……変若水の呪縛は解くことが出来るんですか!?」
今まで聞き側に徹していた雪村千鶴が聞いた。
何人もの隊士が、変若水のせいで未来を無くしてしまったから彼女は聞いたのだろう。
「可能です。ただ…、」
そこで三夜は言葉を切った。
「ただ?」
千鶴が言葉を反復する。
この場合、彼女は忘れてはいけないことが一つある。
変若水誕生には自らも関わっているということに。
本人に自覚があろうが無かろうが、彼女のために養父である綱道氏は開発したということを。
「それなりの代償は必要です。私もそろそろお別れのようです。」
そう言うと己の右手を上げ、見せた。
「……っ!」
その手は向こう側が見えるほど薄く透き通っていた。
その様子に千鶴は短い悲鳴を上げかけたが慌てて手で覆い留めた。
土方もその様子に眉を寄せる。
「やはり死にかけた人間を助けるのは、簡単ではありません。呪いを纏っていたならなおのこと。」
代償は安くはない。だが、私に後悔はない。
「一つ聞いていいか。何故、お前はそこまでする?俺に義理はないはずだ。」
と土方は言葉を言った。
「先程申した通りです。それに私はどちらにしろ長くは有りませんでしたから。」
三夜はこの時代に飛ばされた訳ではなく、死んだ後に思念だけが強く残っていたから姿を徳川が滅びようとしている今に姿を現すことが出来た。肉体が与えられていたことには甚だ疑問だが。
だから喚び出す為に多量の霊力を必要とする十二神将を召還することは出来なかった。
最も、己が既に死んでいることに気付いたのは最近だったのだが。
関ヶ原で千景さんに出逢ったことで、本来あそこで消える己の魂魄は現世(うつよ)に留まったのだから。
千景さんが亡くなった現在、私を留める者は居ない。
あの時も千景さんを選んだのではなく、共にいないと行けなかった…ただ、それだけなのだ。
「だから、私の代わりに未来(さき)を見届けてください。」
皆が作り上げようとした争いの無い平和な世界を――――