伍
「三条河原、」
三夜は鴨川沿いを歩き、その場所に辿り着いた。
その地は、弟の三成の首が晒された場所だった。
市中引き回しをした後に、だ。
三夜がいるのは三条橋だ。
欄干を握り、橋上から河原をただ眺めていた。
「あんたは…」
不意に後ろから呟きが聞こえた。
声につられ、振り返るとそこには斎藤一と沖田総司がいた。
「この間はありがとうございました。」
三夜はペコリとお辞儀した。
「あれ、一君の知り合いなの?」
ニヤニヤと笑いながら斎藤を見た。
「この間、不貞浪士に絡まれているところを助けたのだ。」
「ふーん、じゃあこの間の菓子折りは彼女が持ってきたわけね。」
「あの…、」
私は彼の名前を知っているがちゃんと自己紹介をした訳ではない。
斎藤一に関しては前回自己紹介したのだが。
「あ、自己紹介がまだだったね。僕は沖田総司と言います。」
その視線を理解したのか、沖田が自己紹介をする。
「私は悠月と申します。」
「悠月ちゃんね、こんなところで何をしてたの?」
その言葉に思わず眉をしかめそうになった。
「総司。」
その様子をみた斎藤が諌めようとする。
「ただ、弟のことを思い出していただけです。」
三夜は聞こえるか聞こえいかの小さな声で口にした。
「あんた、弟がいたのか。」
その言葉に驚いたのは斎藤だった。
「それより、巡察をせずこんなところで立ち話をしていて大丈夫なんですか。」
これ以上立ち入られたくなく、言うと沖田は斎藤と一言二言交わした後自分の隊を率いその場を後にした。
「斎藤様は…?」
「俺は今日非番だ。」
動かず、その場に留まる斎藤を不審に思い三夜が問いかけるとそのような返事が返ってきた。
「…そうですか。」
その後、しばらく沈黙があった後三夜が話を切り出した。
「斎藤様は京の出身ではありませんよね?」
「ああ、俺は江戸出身だ。そういうあんたも京出身ではないのではないか。」
「……私は近江、です。江戸は苦手です。」
まさか聞きかえされるとは思っていなかった為、言葉に詰まりながらも三夜は困ったようにそう言い、また余計な事を言ってしまったと口元に反射的に手をやった。
事実、江戸は苦手だった。
幕府のお膝元と言うだけで気に入らない。
「…なにゆえ?」
「……徳川のお膝元だからでしょうか。」
冗談っぽく三夜は口にしたがそれは事実。
「あんたは徳川が嫌いなのか。」
その言葉に少し驚いた斎藤が問う。
「どうでしょう…。」
今となっては徳川幕府は自分から自滅の道を歩んでいる。
それを考えると最早どうでもよく思えてしまう。
なぜなら、全ては終わってしまったのだから。
欄干を握る手に無意識に力が入る。
これ以上沈黙が続いても気まずいだけだ、と思っていたちょうどそのとき…
「三夜、こんなところに居たのですか。」
「九寿さん…。」
ふらりと外に出て中々戻って来ない三夜を心配して天霧は探していたのだった。
「三夜?」
天霧の言葉を反復するように呟いた斎藤。
斎藤にはその名前に心当たりがなかった。
だが、状況から判断すれば誰が呼ばれたのかなど一目瞭然。
不意に斎藤から殺気が漏れる。
「…偽名か。あんたも薩摩の人間だったのか。」
私は彼と対峙したことは無かったはずだが。
一瞬、事態を呑み込めなかったがその言葉に思い当たる節があった。
禁門の変の時、九寿さんは斎藤と対峙したと言っていた。
「居候です。私は薩摩藩との関わりはありませんから。」
そう言い、天霧の側まで行く。
「出掛ける、と言ってからあまりにも帰って来るのが遅いので捜してしまいました。」
「ごめんなさい。」
確かに三夜が朝来た時は東から日が昇ったばかりだったというのに、大分日が西に傾いていた。
「今日は……今日は弟の命日でしたから。」
三夜は消え入りそうな声で言った。
辺りが静かだった為にヤケにその声が響いた。
その言葉に二人が息を呑む。
「……迎えはいらなかったようですね。」
天霧はそう言い、河原へと目をやる。
斎藤もつられて目を向けると、今にも斬首に処されそうな青年の姿が目にはいった。
驚き、まばたきをするとその残像は無くなっていた。
「いいえ、ありがとうございます。帰りましょうか。」
「はい。」
その言葉を最後に二人は三条河原を後にしたのだった。
---------------
旧暦だと三成の命日は10月1日ですが現在の暦に直すと11月6日らしいです。