04
己の部屋で何時ものように執務に取り組んでいた。
秀吉様が天下を統一してから文官である自分に回ってくる仕事は少なくない。
筆を滑らしていると、不意に複数の足音が聞こえてきた。
侍女か左近か…そう思っていると
「殿、三夜さんをお連れしましたよ。」
左近が声を掛けてきた。
「…入れ。」
三夜、という言葉に眉を寄せつつそう言うとスッと背後の襖が開いた音がした。
「失礼しますよ。」
左近の何時もの声が何故か部屋に響く。
筆を置き、振り返るとそこには最後に見た時よりも大人になった片割れの姿があった。
「久しぶりです、佐吉。」
三夜がふわり、と微笑んだ。
彼女がこのような心からの笑みを見せるのは朝廷の人間を覗くと現在では片割れである三成と兄である正澄(まさずみ)ぐらいである。
本当に親しい間柄になれば、彼女は敬語を外すようだがそこに至るまでには彼女と三成のあいだの過ごした時間はあまりにも少なすぎる。
過去には自身の兄である吉平や吉昌も敬語は使っていなかったようだ。
とにかく、三夜の中で何か明確な線引きがあるということだけ述べておこう。
「ふん、相変わらず元気そうだな。」
その言葉に三夜がクスリ、と笑った。
何だ、と目線で問い掛ければ…三成も相変わらずですよ、と言われた。
左近に促され、三夜が部屋に入る。
「しかし、本当に殿と三夜さんは似てますなぁ…」
二人の顔を見比べ、面白そうにそういう。
「双子なのだから当然だろう。」
「えぇ、ですが双子の二人とも生きているというのは珍しいですよねぇ。」
確かにこの時代では珍しいことだった。
基本的には縁起が悪いとされるため、赤子の時点で最悪片割れが殺されてもおかしくないのだ。
「そういう意味では、私達は父上と母上に感謝するべきですね。」
三夜がその話を聞き、苦笑いするように言った。
「……そうだな。」
少し間があった後にポツリと言葉を零した。
その様子を見ていた左近は珍しい、と思った。
己の主は真っ直ぐな物言いをする男だが、相手の意見に素直に頷くことは正直少ない。
そう思っていると黒い物体が視界を掠めた。
すると三夜の正座している膝の上に眠りの体制に入った黒猫の姿が目にはいる。
三夜が優しい目つきで、その猫を撫でる。すると、猫特有のぐるぐる…という音を首から鳴らし始めたのだった。
「佐吉、秀吉様に謁見するのは良いですが…私はそんな上等な着物は持っていませんよ。」
和やかな雰囲気になった所でそう言った。
和仁から下賜したかなり高価な物はあるには有るが、そのようなものを見に纏った場合に天下人の奥である寧々様に無礼にあたるだろう。
家臣の姉が高貴な着物など…三夜の地位が明確なら問題は無いのだろうが。
「問題無い。既に用意させている。」
すると間髪入れずに、そう返され苦笑いするしかなかった。
「姉弟、水入らずの所お邪魔なようなので私はこれで失礼しますね。」
そう言い、左近は部屋を後にした。
「三夜、今まで何処に居た?俺がどれだけ心配したと思っている。」
左近が出て行った途端、ものすごい剣幕で言い寄られ思わず後退してしまったのは仕方が無いことだろう。
「その件については、ごめんなさい。でも、何処に居たかは黙秘させて貰います。」
さらりと述べた三夜のその言葉に三成が眉を寄せた。
「黙秘だと?」
「えぇ。そのうち分かると思いますが、今は機会ではないので。」
紫樹が迎えに来れば確実に分かることだろう。