02






己の執務を終わらすべく、陰陽寮に籠もっていると…にゃあ、という鳴き声が聞こえた。

羽柴秀吉が天下統一してから何故か御上から、本来自分には関係ない仕事まで回ってくるようになった為、此処何日かは部屋に籠もりきりになっていた。

そんな時に突然の来訪者。

と言っても猫なのだが。

「……黒尾?」

名前を呼ぶとチリン、という音を立てながら私の前に来た。

この黒尾は昔の私だった頃に飼っていた猫だ。

つまりは平安時代。

と言っても猫の寿命はそこまで長くはないことをご存知であろう。

ゆえに、今目の前に居るのは私と契約を結んだ式神である。

猫はある一定の年数を生き抜けると猫又という妖になると言われている。

黒尾もそうだ。

三成の前では尻尾を一本隠しているようだが、普段は二本生えている。

黒尾は安倍邸もとい、土御門邸に住み着いていたのを三夜が式に下した。

その際の詳細は後日語るとしよう。

「これは、」

黒尾の首輪には文が括り付けられており、三夜はそれを手にとった。

文を開くと几帳面な字で書かれた文字が目に入った

黒尾を最近見かけないとは思っていたが、三成の所に居たのか。

「秀吉殿に……ですか。」

内容は一度、大阪城に来て秀吉殿に会って欲しいというものだった。

これはある種の脅迫なのではないか。

三夜が行かなければ三成の現在の地位が脅かされる危険性がある、ということが含まれているのだから。

羽柴秀吉が女好きという事実は周知のものだ。

赴いたとして、果たしてそう簡単に帰して貰えるのだろうか。

相手は三夜が朝廷に属す人間だと知らないのだから尚更。

「三夜、入るぞ?」

考えを巡らせていると、一声あった後に襖が開いた。

「紫樹、」

そこには

よぅ、と片手を上げ挨拶をしながら立つ橘紫樹の姿があった。

「御上がお呼びだ。」

私用で来たのかと思いきや公用だったらしい。

「……分かりました。」

ちょうどいい。今回の件をついでに相談するとしよう。

でも、何故呼ばれたのか思い当たる節が無い。

余談だが、三夜は御所に居るときは基本的に狩衣を着ている。

三夜が女だという事実を知るのは太政大臣、黒尾、そして陰陽寮の人間の一部である。

紫樹に連れられ、人払いがされた一室に入る。

何分後かに御上が来た。

「何用でしょうか。」

三夜は平伏していたが、紫樹はそのままだ。

その様子に和仁が溜め息を吐く。

「お前たち、温度差がありすぎだ。三夜、面をあげろ。何のために一室用意したと思っている。」

「御意。」

三夜はゆっくりと顔を上げた。

本来、陰陽頭と言えどそうやすやすと会えるものではない。

最も、この三人は十年以上の付き合いがある幼なじみだから私的な用事の場合は砕けるのだが。

「三夜は相変わらずだよな。」

「お前も相変わらずだよ、紫樹。」

ケラケラと笑う紫樹に呆れたように言う和仁。

「で、何故私達を集めたんです?」

わざわざ別室を用意するぐらいの用件だ。

「あぁ、羽柴秀吉に太閤の地位を与えようかと思ってな。」

パチリ、と扇子を閉じる音がやけに大きく響いた。

「天下人に、か。」

「そうだ。天下を統一した人間に朝廷が何もせぬのはどうなのか、と間接的に圧力をかけられてな。」

和仁は、はぁ…と息を吐き額に手をやった。

「また面倒なことが舞い込んだな。かけたのは秀吉本人か?」

「…その他もろもろ含めだ。」

「で、どうするんですか?」

対策をねらねば埒が開かない。

「本人は征夷大将軍を望んでいるようだが…」

また無理難題を言う。

そもそも今まで征夷大将軍に就任した人間はかなり少ない。

「それは無理な話だろ。征夷大将軍は『源氏の長者』というのが条件だろ?」

紫樹が呆れたように頭(かぶり)を振った。

征夷大将軍になるための条件は清和源氏の血筋を引いていないといけない。

大体、羽柴秀吉は平氏の血筋だと言っているらしい。

平氏を名乗る理由は十中八九、主人の織田信長が平氏だと掲げていたからそれにならったのだろう。

それ以前に、彼が下層民の出であることは皆が知る事実だ。

「あぁ、だから太閤にするんじゃねーか。」

ひゅっ、と音をたて和仁が投げた扇子が紫樹の顔の横を通り抜け、襖を貫通した。

「だからって俺に当たるなよなぁ!?」

「二人とも落ち着いて下さい。これでは何時までたっても結論が出ませんよ?」

三夜が式紙を構え、いつもより苛立った声で言う。

「「あぁ。」」

二人とも額からダラダラと汗を流し、お互いの顔を見合わせ引きつった表情を浮かべた。



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