いつかまた咲き誇る為の散華
和仁は、古びた書物を眺めていた。
それは今までの朝廷や日の本のことについて記されたものだった。
ぺらぺらとめくるが目的の人物の名前が見当たらない。
そして、たまたま廊下を歩いていた人物が目に入ったため彼の名を呼んだ。
「久脩、お前は何故三夜ほどの陰陽師の名前が残っていないのか知ってるか?」
「えぇ。彼女は安倍家に伝わる家系図には載っていましたが、それ以上は見つからなかったので調べたことがあります。」
六壬式盤を使い、三夜の素性を探ったのは彼女を見つけた日のことだっただろうか。人には必ず様々な運命が絡んでいる。それらは占った際に結果と共に引き離せないものとしてついてくる。必要だろうと、なかろうと。今回はそれを逆手に利用し、彼女の素性を探ろうとしたのだが彼女の情報にはあまりにも様々な因縁が絡み過ぎていた。その中で最も目についたのは安倍家との関係だった。だが、久脩でもその詳細にたいてまでは知ることが出来ないため、代々受け継がれている家系図に目を通すことにしたのだ。だが、家系図に関しては彼女の情報はなく、仕方なく歴々の当主による手記にまで遡ることにした。そこである人物による手記が目についた。それは安倍家の陰陽師としての名を広めた安倍晴明によるものだった。より血を濃く受け継ぐ娘が生まれた。そして、それから十数年後…一人娘、三夜が行成様へと嫁ぐ、と。だが、その手記の最後の一行には彼女が年若くして亡くなった旨が書かれてた。その詳細については次の手記に書き殴られていた。死因はどうやら呪いだったらしい。
「…呪い、だと?三夜がそのへんの術師に負けるはずがないだろう。」
和仁は手にしていた扇に力を込めて握りしめた。
「えぇ、私も驚きました。どうやら大陸の外法師(げほうし)による呪いだったようですね。」
外法師は呪術などを用いて人を呪うことを生業とする、いわば陰陽師の対局の存在である。といってもその差は紙一重であると言えるだろう。陰陽師も、人を呪うことは出来るのだから。
「だが、何故その身に呪いを受けることになった?」
三夜は人に恨まれるようなことをする人間ではない。
「若くして蔵人頭まで上り詰めた藤原行成を妬み、政敵が外法師に依頼したようです。」
行成は呪いにより日に日に弱っていったそうだ。陰陽寮も、三夜を始めとする安部家もその呪いを解こうとした。呪いの効果を消し去るには術者に呪い返しをするしか方法がなかった。そして三夜は呪い返しに成功して術者である外法師は返された呪いに耐えらず、死んだ……ここまでは、よくあることなのだ。問題は術者が死んだにも関わらず呪いが生きていたこと。その一点が問題だったのだ。呪いが生きている、ということは行成にかけられた呪いは解けずにそのまま…ということだ。呪いにその身を蝕み続けられれば、いつかは死に至る。これからが彼の人生の大舞台だというのに、これはあまりの仕打ちではないか…そう思った三夜は、行成が負った呪をそのまま己に移した。そう、それこそが安倍三夜の死因だった。
「つまり、三夜はその身に呪いを移したことが原因で死んだ…ということか?」
和仁は久脩のその言葉に酷く、驚いた。今、自身が見ている三夜は明らかに呪いなどに負ける人間には見えないから尚更。
「そうなるでしょうね…。」
「待て、三夜の名前が記録に残っていないのはその呪いのせいか?」
いくら彼女が呪いによって命を落としたとしても、名前ぐらいは記録されるはずだ。
「その点に関しては断定は出来かねますが、少なくとも安倍晴明はそう考えていたようですね。」
久脩が何かを含めた言い方をした。
その言葉に思わず眉を寄せる。
「お前はそれは違う、と考えているのか?」
その言葉に久脩は笑みを浮かべた。
それは普段久脩が見せる爽やかなものではなく、何かが含まれた笑み。
この男がたまに見せる姿だ。
「えぇ。確証はありませんが、彼女の記録が消えたのは彼女が転生したからこそ起きた事象、だと思っております。」
「転生、か…。だが、三夜が転生によって記録が書き換えられたなら、それは安倍晴明が死んだ後ぐらいに起こるのではないか?」
死んですぐ書き換えられるのは異様ではないか。まるで、誰かの意思が加わったような…
「それは一概には言えません。死者を管理するのは冥府の官吏ですから……。では、私は皆を待たせておりますので陰陽寮に戻らせていただきますね。」
「あ、あぁ。」
久脩はそういうと、書物を片手に颯爽と去ってしまった。
「冥府の官吏、か。」
それが何か関係あるのだろうか?
三夜に関しての謎は一層深まるばかりだった。