救えない、掬えない、救われない




私が知った時にはすべてが終わっていた。

それが、今目の前にある唯一の事実だった。

事の発端は太閤殿が亡くなって一月ほど経った頃だろうか。
突如、紫樹が政務中に倒れたのだ。
私はたまたま紫樹のそばにいた為、それが呪詛だということが分かった。
紫樹は橘の人間だ。
今ではあまり知られていないが、帝に呪詛などが向けられた場合に身代わりとして橘の家の人間がそれを受けるのだ。
つまり、和仁様に誰かが呪詛をかけた可能性が高かった…紫樹に応急処置をしたあとすぐに私は御上の元に赴いたら案の定、和仁様も倒れていた。
紫樹が受けきれなかった呪詛が本人にも危害を加えたのだろう。
和仁様の呪詛は紙の依代に移したが、紫樹を蝕む呪詛はその程度では止められなかった。
そもそも呪詛が紫樹を殺さず、分割して和仁様本人にも危害を加えたことが不可解だった。
普通は身代わりが亡くなったあとに受けきれなかった呪詛が回ってくるのだ。
その点、紫樹は魔除けの勾玉が作用して呪詛が流れたのかもしれない。
ともかく、陰陽寮の全力を注いでいたが進行をこれ以上遅らせることが出来なかったので呪詛返しを行うことにしたのだ。
呪詛返しとは、呪詛をかけた人間にそのまま術を返すことをいう。
人を呪うのだから失敗した際に術者に反動がくるのは当たり前のことだ。
ただし、呪詛を返す際に力不足だった場合は逆に返そうとした側が殺されてもおかしくない。最も三夜の保有する霊力に比べれば相手はちっぽけなものだ。
無事に呪詛返しが済んでから半年、事態が急変した。

「一時はひやひやしたぞ、紫樹。」

和仁と紫樹、三夜の三人は人払いした内裏で膝を付き合わせていた。

「あぁ、俺もだ。三夜が居なかったら…と考えるとぞっとするぜ。」

手元にあった書簡を無造作に開きながら言った。

「私だけでは出来ませんでした。久脩さんを始めとする陰陽寮の皆さんのおかげです。もしかして、それが…?」

紫樹が開いていた巻物に目を向けた。

「あぁ、徳川の情報だ。やっぱり徳川だったみてぇだな。」

髪をクシャリとかきあげ、和仁と三夜にも見えるように書面を広げた。

そこには半年前の呪詛の事件から今に至るまでの徳川の情報が書かれていた。

「やっぱり、古狸にとっては俺は目の上のたんこぶか。」

和仁はそういいつも、口角を上げ面白そうに言った。事実、面白いのだろう。
駆け引きをすることが。

すると、突然禍々しい気を三夜は感じた。
何かが凄い勢いで植木から飛び出てきて和仁に襲いかかろうとした。
咄嗟の判断で三夜が庇うと、それは三夜の腕に噛み付いた。
それが蛇の形をした呪詛だと気が付くと同時にそこから先の記憶は残っていなかった。

それから更に半年の月日が流れ、三夜は目を覚ました。

その時には彼女の大切なものは失われていた。
弟の三成は関ヶ原の戦いの敗将として斬首されたあとだったのだ。




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