新月の夜に紅い花






三夜は白虎の風で貴船神社付近の森の茂みに着地した。

数日前の雨で湿った地面に足を取られ転びそうになったが、すかさず六合が三夜の体を支えたため大事には至らなかった。

そのまま六合は白虎に呆れた眼差しを向けた。

『相変わらず、着地に関しては乱暴なのだな。』

その言葉に白虎は肩を竦め

『我にとて苦手なことがあるということぞ。』

ばつが悪そうにそう返した。

どうやら白虎は運ぶことに関しての腕はピカ一だが、着地に関しては違うらしい。

三夜は六合に礼を述べた後、辺りを見回し自分が何処に着地をしたのか確認する。

「此処は、境内に続く参道の一番下ですね。」

三夜は前を見て、そう言った。

目の前に広がるのは参道の石段だった。

「幾年経とうが、此処の姿は変わらずということでしょうか。」

三夜は前に自分が此処に来た時と今が全く変わらぬその姿に少し安堵した。

この時代は自分が過ごした平安の都とはほとんどが違う。

だから、この時代に生まれてから昔から変わらぬモノに出会うことも無かった。

『主?』

「行きましょうか。」

三夜はそう言うと、石段に歩みを進めた。

式神である白虎と六合も三夜の後ろに続く。

境内もさほど、昔とは変わってはいなかった。

三夜は淤加美神(たかおかみ)お気に入りの場所の前に立ち、己の願を込め柏手を打った。

刹那、辺りの雰囲気が急に変わる。

元々…神聖な地であった為空気が澄んでいたが、それに肌を刺すような鋭さを含んだ神気が立ち込める。

――久しいな、人の子よ。

三夜は一礼し、声の主を見据えた。

そこに居たのは、人の姿の淤加美神だった。

「お久しぶりです。」

――安倍の子か。ふっ、人の子の癖に輪廻より舞い戻ってくるとはな…。

その神はどこか珍しげに、だが同時に新しい玩具を見つけたような顔をしながら言った。

――良いだろう、そなたの望み叶えてやる。

口元に弧を描きながら三夜の後ろに控える十二神将に視線を向けた。

白虎、六合は淤加美神を警戒し睨みつけている。

警戒するのも無理はないのだが…。

三夜が安倍だった頃は散々厄介な頼み事をされたものだ。

おかげで、十二神将も散々振り回された。

だから、彼等は彼の神にあまり良い顔をしない。

「……もちろん、対価が必要なんでしょう?」

三夜はその様子を気にせずに言葉を紡ぐ。

――化野(あだしの)の土地を荒らす者を鎮めよ。さすれば、そなたに転機が訪れるだろう。

「…分かりました。」

三夜が承諾の意を示すと淤加美神は満足げに笑った。

まるで、最初から全て分かっていたかのように…。

――ならば、これにてこの話は終わりだ。久しぶりに酒のみでもせぬか?

そう言うと、淤加美神は何処からか酒瓶を取り出した。

三夜は、その行動に一瞬目を見開くがすぐに表情を戻し同意した。

近くの大きめの石に腰を下ろす。

淤加美神からお猪口を受け取る。

三夜は淤加美神から受け取ったお酒をかの神の持つそれに注いだ。

十二神将である二人は近くにいる気配があるが隠形(おんぎょう)しているため姿は見えない。

――安倍三夜、

不意に淤加美神が三夜の名を呼んだ。

三夜はお酒を一口、口に含んでからその問いかけに応えた。

「……今は石田三夜ですよ。」

――ふむ、そうだったな。まぁ、いい。三夜、そなたへの預かり物を渡しておこうと思っての。

その言葉に、今までお猪口に写る月を見つめていた三夜が勢いよく顔を上げた。

「預かり物、ですか?」

三夜に預かり物の心辺りは…ない。

――あぁ、これだ。

そう言い、淤加美神は己の懐から布に包まれた何かを出し三夜に手渡した。

三夜は恐る恐る包まれている布を外した。

「…これは、」

中から現れたのは朱色に塗られた鞘に収まる一本の唐太刀(からたち)だった。

――お前が死んだ後に行成とやから預かった物だ。

「……ありがとうごいます。」

その刀は安倍三夜が妖を調伏(ちょうふく)する時に使っていた物で、普通の刀にはない力と霊力が宿っている。所謂、破魔刀という類のものだ。

――それと、これはお前への餞別だ。その小袖だと目立つだろう?

そう言い淤加美神が三夜に手渡したのは巫女衣装だった。

「これはこれで目立ちそうですが……。」

三夜は困惑した表情を浮かべ言った。

確かに、高価な小袖よりは目立たないかもしれないが巫女姿で都を歩くのも少し抵抗があるものだ。

――そんな細かいことを言う余裕はないはずだろう?

「……そうですね。ありがとうごいます。」

――そろそろ夜が明けるな。精々、時代に抗うと良い。

淤加美神はそう言い残し、その場から消えたのだった。

既に夜が明け、太陽が東から上がり始めていた。

「私たちも行きますか。」





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