星降り注ぐ蒼の森で
「さて、どうしましょうか。」
三夜は森の中を小袖姿で歩いていた。
本来ならもっと動きやすい恰好をして行くべきなのだが、そこまで準備をしている暇など三夜にはなかった。
あれから、父はすぐさま婚儀のための準備にとりかかった。
結納の際に婚約相手を見て幻滅……それから直ぐに家出をすることに決めた。
父のせっかく決めた婚儀だった為、一度は己を納得させようとしたが…
あの男はどうやら、私の容姿で今回の婚儀を申し込んだらしい。
「全く…あんな破天荒で下劣なお相手は願い下げですよ。」
三夜はその時のことを思い出しながら、ぽつりと呟いた。
『それは同感だ。』
誰もいないはずの森の中で三夜の言葉に相槌を打つ声が聞こえた。
三夜は思わず後ろに振り返る。
「六合!」
そこには十二神将の一人、木将六合(りくごう)が佇んでいた。
『あんな奴よりも、あんたには行成とのが似合っている。』
「……行成様、」
六合の言葉を聞き、三夜は自分の伴侶だった彼の者に思いを馳せた。
安部三夜の伴侶は当時、出世頭と言われていた藤原行成だった。
父に一度、危ないとこを助けられたことがあるらしく何かと安部家に気を使ってくれた。
そんな彼と私が結ばれることになるとは、初めて出逢ったあの時はまだ思っていなかったのだが。
『それより今夜の宿、どうするつもりなんだ?』
不意にそう言われ、三夜は我にかえった。
「野宿、は流石に不味いですよね。追っ手も放たれているでしょうし…。」
父が、というよりは相手方の家から追っ手が差し向けられている可能性がある。婚儀の話がまとまり始めた頃から、四六時中視線を感じるはめになった。きっと草の者でも放って監視していたのだろう。
『なら、我に任せろ。』
六合とはまた別の青年の声が聞こえてきた。
「…白虎?」
その声の主は十二神将、風将の白虎だった。
『我なら、この風で主を運ぶことなど容易なことだ。』
白虎は己の手のひらの上に小さな風の渦を作りながら、そう言った。
三夜はそれを見て、微笑みを浮かべた。
「なら、白虎にお願いするとしましょう。」
『心得た。』
白虎は三夜の側に寄り風を操った。
例えるなら小さな竜巻の中にいる、という感じだ。
『相変わらず、あんたの風は便利だな。』
六合は少し関心したように呟いた。
『我は四神だからな。四闘将である貴様とは違うのぞ。』
満更では無いように言う。
『して、主…何処に行く?』
三夜は少し考える仕草をした後、ふと思いついたように行き先を告げた。
「…貴船、行き先は貴船にしましょう。」
あの神なら、自分の手助けをしてくれるのではないかと淡い期待を込めてのその言葉だった。
『………貴船か。確かに、追っ手はそんなところには来ないだろう。』
六合も同意の意を示す。
『ならば、決まりぞ。』
貴船は三夜にとって、少なくとも縁のある地だ。
様々な意味で…。
最も、一番縁があるのは彼女の甥なのかもしれないが…。
三夜自身も何度が彼の神に頼まれ仕事をしたことがある。
だからこそ、自分に力を貸してくれるのではないかと三夜は密かに考えていた。