手折られた花の最期
霧がうっすらとかかる山道を二人は歩いていた。
「それにしても、無気味ですね。」
三夜が無言に耐えかねて口を開く。
「あぁ、そうだな。」
「「……。」」
そこで会話がまた途切れてしまった。
三夜は人知れず溜め息をつく。
「清正殿は太閤殿をとても尊敬していると伺いましたが…」
子飼いの武将が太閤殿を敬愛しているというのは有名な話だ。
「秀吉様は俺の命の恩人だからな。」
「命の恩人、ですか?」
その物言いに三夜は疑問を持った。
いくら何でも言い過ぎではないか。
「あぁ、秀吉様が俺達を拾って下さらなかったら今頃飢え死にしてただろうからな。」
その言葉を聞き理解した。
彼も決して恵まれた環境で最初から育った訳ではないと。
それにしても先ほどから清正殿の言葉に棘が含まれている気がしたのは、そのせいか。
「だから、清正殿は私のことが気にくわないのですか?」
清正殿が息を呑む。
「そんなことは…。」
「朝廷の人間と言えば家柄で一生が決まりますからね。」
三夜は足を止め、清正の方を向き言った。
清正も足を止める。
朝廷に仕える陰陽師、となれば生まれた時からその運命が決まったも同然。
「ですが、朝廷はそこまで楽に生きられる場所ではありません。現に土御門家は京の都を追い出されそうになりましたから。」
その言葉に清正殿は固まった。
「土御門家…?」
おや?名前は知っているのか…
「尾張のおおうつけ殿は陰陽師というものを得体の知れないモノ、としてましたからね。」
三夜は肩を竦めそう言った。
「あんたは、」
そこで清正殿は言葉を切った。
思い当たる節があるのだろう。
何せ、織田信長は豊臣秀吉の主だったのだから。
「決して私達とて辛酸を舐めなかった訳ではありません。それを知らずにそう思われるのは……心外です。」
暫く二人の間には緊張した雰囲気が流れた。
陰陽師は平安時代の頃、最も進んだ技術の一つとされていた。
人を呪うことも出来る、それは他人に死すら間接的に与える存在。
だから貴族は己達を恐れた。
最も今の時代の方が恐れられている気もするが。
「……俺が悪かった。」
「いえ、私も大人気なかったです。」
精神年齢は既に彼の倍をいくというのに…。
「清正殿、あの…」
「清正で良い。」
言葉を続けようとしたら、彼に遮られた。
そう言った彼は先ほどと違い、とても穏やかな表情をしていた。
「分かりました。清正、あそこに村人が居ます。」
三夜が指を指す方向には確かに村人がいた。
そして村人を襲う鎧をまとったモノの姿も同時に視界に入る。
二人は顔を見合わせた。
「行くぞ!」
「はい。」
清正は村人と鎧をまとったモノとの間に入る。
「お侍さん、助けてくだせえ…こいつら村人を次々と襲ってる奴らなんだ!」
「…そうか。」
その言葉を聞くと清正は己の武器で弾きソイツラとの間をとった。
「悠月!」
「村人は私が守ります。」
三夜は村人を一カ所に集めた。
破魔刀を地面に刺すと周りに紋が広がった。
「汝、我等を守る結界となれ。」
三夜がそういうと同時に広がった紋が眩い光を上げ周りに薄い膜をはった。
三夜はそれを確認すると刀を抜き、後ろにいる村人に声をかけた。
「今、結界を張りました。この結界は中からは簡単に出れますが外から入ることは出来ません。私はこれから彼の加勢をするので、皆さんは決してこの結界の外に出ないで下さいね?」
「分かっただぁ…」
その言葉を聞いた後、三夜は外へ出た。
「清正、無事ですか?」
「あぁ、粗方片づいた。」
彼の周りに広がる屍の群。
「私の加勢はいらなかったようですね。」
三夜はそう言い屍の一つに近寄る。
「やはり人間ではなく異形、ですね。」
まじまじと見ながら言った。
「……異形か。」
「えぇ。」
三夜は相槌を打つと、村人達を非難させた結界を破魔刀で横一文字に斬った。
同時に周りの結界も消失した。
「な、なんだべ!あの青白い光は!」
突如、近くの森が光った。
二人が光が輝いた方に足を向けると、そこにはふわふわと輝く光があった。
「さっき、仲間があれに触ろうとしたら消えたたべ!」
その場にいた村人が言う。
三夜は躊躇わず、その光に足を踏み入れた。
「おい、待て!」
清正が制止の声をかけるが時、既に遅し…
仕方なく清正も三夜の後に続き、その場に残されたのは村人だけだった。