それを言葉に出来ないのは、
――月日は流れ、あれから数年の時が経とうとしていた。
その間に、この国は様々なものが移り変わって行った。
例えば、東宮であり和仁の父であった誠仁親王が亡くなり正親町天皇が後継者として和仁を選んだ。その数年後、正親町天皇が御崩御したので現在(いま)この国の天子(てんし)は和仁本人である。
また、戦国大名による天下とりの合戦にも終止符が打たれた。
最も天下に近いと言われていた織田信長が己の家臣である明智光秀に討たれた。
これによって事実上、明智光秀の天下となったが…それも数日で終わり最終的には猿と呼ばれた豊臣秀吉が天下をとり、この国は纏まった。
世の中はそんな変化をしている中、三夜の過ごす環境にも変化があった。
三夜はその才能を存分に活かし、陰陽寮内で今では陰陽博士より上の地位である陰陽寮頭の地位に就いた。
そんな三夜は和仁に呼ばれ、藤の間に居た。
「御上、何かご用でしょうか?」
三夜は平伏していた。
「その呼び方は止めろと言っているだろう?――三夜」
そう言いながら和仁は御簾を持ち上げ三夜に顔をさらした。
「……、貴方は相変わらずですね。ですが、それについては譲れないと毎回申し上げているでしょう。」
三夜は溜め息をつきそう言った。
「ちっ…。」
舌打ちをした青年こそ現在この国の天子である後陽成天皇である。
本来、天皇は人前に姿をさらしてはいけない。
が、和仁はそのしきたりを気にせず三夜や久脩の前には素面をさらす。
本人曰く、他の人間の前でも御簾なしで話したいらしいがそれは国の天子としての面子に関わるためそこは仕方なく控えているらしい。
「この間、天下統一を成した羽柴秀吉が謁見に来た。」
羽柴秀吉は元は下層民の出だ。
そんな彼による天下統一は正に“下剋上”だろう。
だがそんな彼だからこその問題もあった。
いくら天下統一をしても昔の身分を考えると従わない諸大名も多い。
その為に羽柴秀吉は天皇である和仁の威光を借り、この世の中を安定したものにしようとしたのだ。
和仁本人はあまり天下を誰が収めるか、に関しては関心が無いらしい。
だから和仁は快く承諾した。
そして羽柴秀吉に豊臣の姓を与えた。
「で、その太閤殿がどうかなさったのですか?」
三夜が話の続きを促す。
「俺が気になったのはその太閤殿ではなく、後ろに控えていた子飼いの武将の一人、石田三成だ。」
その苗字を聞き、三夜は固まった。己の弟は幼名は佐吉だったが元服してからの名を三夜は知らない。
「三夜、お前にそっくりだったぞ?」
その言葉に三夜は沈黙する。
無言は肯定とはよく言うものだ。
「まぁ、そんなことはどうでもいい。三夜に頼みたいことがある。」
そこまで明かしといてどうでもいいのか、と三夜は思ったが和仁がそれ以上追求してこないことに安堵したこともまた事実。
「なんでしょう?」
「今、ある地方で魔物による被害が増えている。それを三夜に調査して貰いたい。」
そう言い、和仁は懐から何かを取り出し三夜に渡した。
「これは……?」
三夜が風呂敷を解くと中から狐の面と数珠が出てきた。
「今回は豊臣の人間と共に調査してもらうことになっている。素顔がバレると色々不味いだろう?数珠は天皇家の縁の人間ということを示すものだ。」
よく見てみろ、と続けて言われた為三夜は藍色の数珠を手にとりよく見た。
すると数珠の一つに菊の紋が入っていた。
「因みに拒否権は無い。折角ここまで準備したんだからな。」
素敵な笑みを浮かべ言う。
その様子に再度三夜は溜め息をつく。
「分かりました。それで豊臣の武将というのは…?」
「現地で落ち合う手はずになっている。」
「御意。」
三夜は一礼し、部屋を後にした。
「気をつけろよ。」
和仁のその言の葉が三夜に届くことはなかった。