踏み込め、世界は解き放たれた






上賀茂神社の後に三夜は下鴨神社の結界に解(ほつ)れがないか見ていた。

――刹那、結界に触れていた三夜の手にバチリ、と衝撃が走った。

反射的に手を離し、見ると手から若干煙が上がっていた。

『主!!』

白虎が心配して近寄って来た。

「……少し痛ですが、大丈夫です。それよりも……、」

今の衝撃は…

『結界が破られた音だな。』

そう言い、白虎は南の方向に目をやった。

「まさか……御所の?」

結界が破られたのは衝撃で分かったが、それだけでどちらの方向であったかまでは三夜には分からない。

すると、御所を起点に禍々しい気が通り抜けた。

「白虎、御所までお願い出来ますか?」

『心得た。』

三夜がそう言うとすぐさま白虎は風を作り三夜を御所の裏手まで運んだ。

「こんなに禍々しい気なのに陰陽寮の人間は気付かないんでしょうか?」

『気付かないんじゃあない、気付けないんだろう。』

その問いに白虎が答えた。

いくら技能に優れていようが、この世界では“視えなければ”その才能は意味をなさない。

「うわぁぁぁ!!」

突然、子供の叫び声が響いた。

声のした方に急いで走り向かうと、そこには三夜と同い年ぐらいの少年の姿があった。

尻餅をつき震える少年の目先には邪気を放つ妖の姿があった。

『どうやら、あやつには見えているようだな。』

白虎は感心したように言うが今はそれどころではない。

三夜は言霊を唱え、妖に放つ。

相手が怯んでいる間に妖と少年の間に入る。

「あれは、確か……。」

その妖を見て、三夜は昔父の書物の中で見たものを思い出した。

あの黒く鶴のような妖の名は……陰摩羅鬼(おんもらき)。

十分な供養を受けていない死体が化けたもののはずだ。

それが何故御所を…?

それより、早く退治をした方が良さそうだ。

大分、神聖な気がコイツによって侵されはじめている。

三夜は懐から予め作って置いた札を取り出し言上を唱える。

「謹請し奉る、降臨諸神真人、縛鬼伏邪、百鬼削除、急々律令!」

言上が唱え終わると同時に札から眩い光が溢れだし、邪を滅した。

「退治完了、ですね。お怪我はありませんでしたか?」

後ろに振り向き、己が庇った少年に手を差し伸べる。

少年は一瞬躊躇ったが三夜の手を取った。

「……ない。俺は和仁という。お前は?」

その少年の先ほどまでの態度の違いに驚きつつ、三夜は名乗った。

「私は三夜と申します。」

名乗ると同時に彼の霊力を感じた。

「一体、何が!……三夜が何故ここに?」

息を切らしながらやってきたのは久脩さんだった。

「……久脩さん、下鴨神社の結界の修復をしていた所、急に他の結界が破られたので……」

「来てみたらこうなっていた、ということですね?」

「えぇ。」

そんな会話を交わしていると突然、悲鳴に近い声が響いた。

「若君!何があったのです?」

そう叫びながら入ってきた女性は十二単を着ていた。

……若君?

「お梅……、また妖が襲ってきたのだ。そこの三夜が助けてくれたから大事には至らなかった。」

そう言いながら和仁は三夜の方に目線を向けた。

お梅もつられて三夜に目をむける。

「……そうなのですか?」

「はい。」

「あなた、名前は?」

お梅と呼ばれた女性が此方に来て見定めるかのようにジロリ、と見た。

「三夜、と申します。」

若干、顔を引きつりつつ三夜が答える。

「久脩殿、あなたは三夜と知り合いなのですか?」

先ほどの三夜と久脩の様子を見ていたようだった。

「はい、三夜は私の親戚です。」

その後、和仁はお梅になにやら耳打ちをした。

するとお梅は三夜の手をがしりと握り締め…

「三夜、」

「はい。」

急に名前を呼ばれた。

「貴方を本日付けで陰陽生及び若君の護衛役に任命します。」

………え、今の下りでこうなるの?

「分かりました。」

ということで、石田三夜……本日付けで土御門三夜と名を改めまして陰陽生及び若君の護衛役となりました。

久脩さんのあんな顔は初めてみた。

間抜け顔、というのはああいうのを言うのだろう。

どうやら、お梅さんは私を男と勘違いしたらしい。

今まで同年代で三夜のように妖が見える人間が居なかったとか……。

お梅さんは“黒い靄”として認識は出来るらしいが、それが何なのかまでは分からないそうだ。

まさか男として扱われるようになるとは思わなかったが、憧れだった陰陽寮に入れるのだから良しとしよう。

ちなみに若君は現在の今上天皇(きんじょうてんのう)である正親町天皇の孫に当たる。

だから和仁様の父君は東宮だ。

まさか、また朝廷との関わりを持つことになるとは…これこそ“運命”か?




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