もうひとつのはじまり






職探しと名をうって翌日、元気よく神楽坂の町へと繰り出したがこのご時世、女に出来る仕事はあまりない。以前も述べたように「男女平等」が掲げられる前なのだからなおのこと。

そうこうしている間に日が暮れ、彼らの時間がやってきた。音奴さんは朧の刻には戻ってくるように言われていた。

が、これは果たして無事に帰れるのか。職が見つからず、途方にくれていた私はたまたま近くにあった神社の境内に座り込んでいた。すると御神体の近くにいるモノに気がついた。

人の形をしながらも、そこにいるのは人ではなく…今まで見る機会があまりないモノだから思わず凝視してしまった。おかげで、あちらも気付いてしまったようだ。

「お主、この私が見えるのか…?」

すらりとした面長の美丈夫はこの明治の時代には似つかわしくない、狩衣をその身に纏っていた。雰囲気は凛々しく、周りをまるで浄化しているのではないか……いや、まるではなく紛れもなく浄化しているのだろう。

「貴方は、刀の魂魄ですか…」

廃刀令が出るのはもう少し未来(さき)のはずだから刀の魂魄が巷を彷徨いて居ようが、別段不思議なことではない。平成では滅多に見なかったが。最もこの社に奉納されたものようだから尚のこと。

「…やはり、見えるのか。」

刀の魂魄は九十九髪(つくもがみ)とは違い、刀匠がその刀を打った時からその刀に宿るものである。

「お主、魂依か。」

「…あー、多分そうです。」

視えている訳だし。
にしても、この神社の境内を改めて見回すとだいぶ廃れていることが分かる。
信仰されていない…のだろうか?
辺りには鬱蒼と木や雑草が生い茂っている。

「この社はもうすぐ取り壊されることになってる。ふむ、お主になら託せるかもな…」

そう言うなり祠の戸が勢いよく開き、刀が飛び出してくると私の手に収まった。収まった?

「え、これは…どういう…」

手にした刀は独特の形をしていた。

「お主に任せたぞ。」

そういうなり刀の斬魄は消えた。
この刀はどうするべきか…
形状として、これは平安時代に普及した”衛府の太刀”だろう。
刀を抜いてみると斬魄同様にスルリとした刀身が現れたが、その刀身には錆がこびついていた。
刀身が錆つくということは、刀本来の力が出せないはずだ。
この時代では刀の登録証などはまだないだろうから、手にしていようが咎められることのようなことはないと思うが…
社と共に刀が滅ぶのを目にするのも偲びないし、とりあえず研ぎをしてくれる研ぎ師を探すべきか。
いや、それよりも元手となる金がないのだから何はどうあれ職を手に入れるべきだ。

と考えた結果、原点回帰というか津守家に戻ってきた次第である。

「……咲耶ちゃん!」

ぎゅっ、と翠さんに抱きしめられ、その中で私はこの人にどれだけの負担をかけてしまったのだろうかと思い耽る。私がこちらに来てからずっと支えてくれた翠さんには頭が上がらない。

「あの時は庇えなくて、ごめんなさい…あまりにびっくりしたものだから。」

その言葉に思わず絶句する。
藤田氏に権力を振りかざされた訳じゃなかったのか。別に指名手配などもされていないらしいから一安心。
話を聞くところによると、津守篠吉…つまり亡くなった翠さんの旦那が同じように術を使うことが出来たらしい。元々、神主の家系ということでそのような才能があってもおかしくはない。ただ、陰陽術と形容しないだけのことだ。もしかすると、篠吉が亡くなったのはその力を疎んだものによる仕業なのかもしれない。

「あの、それで翠さん。私、この視る力を使って万屋をやると思うんですけど…」

「…万屋?」

万屋とは、すなわち”何でも屋”のことだ。だが、いわゆる万屋ではなく私がやろうと思っているのは妖専門の万屋である。妖の退治他、作品から抜け出した化ケノ神を連れ戻すといったことを主にしようと思うのだ。幸い、そういった仕事をしてる人はこの界隈にはいなそうだし私の性に合っている。



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