野良猫の雨宿り
私を拾ってくれた美人さんは置屋に籍を置く芸妓さんだそうだ。
周りからは音奴と呼ばれているみたいだった。
「美人さん、しばらくお世話になります。」
ということで私は美人さんの部屋にしばらく居候することになった。
「あんた、いい加減その美人さんって呼び方やめなさいよ。みんなアタシのことを音奴か姐さんって呼んでんだ。あんたもそう呼びな。」
六畳一間の畳部屋をまじまじと眺めているとそう言われたので素直に頷いた。
「あ、はい!では姐さん!」
「なんだい?」
早速呼ばれた姐さんは小首を傾げている。和室に美人だなんて、なんて絵になるのだろう。別に私は絵心があるわけじゃあないけれど、先日出会った彼なんかは筆をすぐ様とるのではないだろうか。
ところで色んな事が一度に起こったが…
「私、名乗りましたっけ?」
「そうえば、まだ聞いてないねぇ。翠の養子に入った子としかアタシは知らないよ。」
「で、ですよね!私は芦屋咲耶と申します。あ、先ほどまでは津守でしたが。」
姐さんも本名を名乗ってくれた訳っはないが私も名乗らない訳にはいかないだろう。
「津守咲耶、か。よろしくね、咲耶。」
ポンと頭を姐さんに撫でられた。その仕草が兄にされているようで言葉に表せない感情がせりあがってきた。
「おや、まぁ…アンタ泣いてんのかい。」
気が付くと涙を自分は流していたようだった。姐さんは懐紙を取り出し涙を拭ってくれる。私は本当はこの時代に来てから不安だったのかもしれない。いくら冷静に考えても、自分の居た時代に戻れるという確証がある訳ではく…かといって、この時代に馴染もうとも馴染めない自分がいる。焦れば焦るだけ漠然とした不安が残るのだけで、事態一向に好転しない。翠さんが私を受け入れてくれた時は確かにとても嬉しかった…だけど、何かが違うのだ。
「ほらほら、良いものあげるから泣き止みな…」
そう言って姐さんは何かを咲耶の口の中に放り込んだ。口の中でジワリと広まる甘さに思わず目を見開く。
「これは貯古齢糖って言うんだ。アタシのお客さんがくれてねぇ…高価なものだからゆっくり味わうんだよ!」
ちらりと、包装紙にに描かれた貯古齢糖という文字に目をやる。つまりはチョコレートか。此方へ来てからそれほど日数は経ってないが、この甘さは身に沁みる。
「姐さん…」
「なんだい?」
こんなことで感極まって涙を流したら、また姐さんに迷惑をかけてしまう…グッと涙をこらえ、今言える言葉をつむぐ。
「すっごい美味しいです!」
「そうかい、」
良かったねぇ…と言いながらわしゃわしゃと撫でてくれる。流石につっこみたい…私は犬か!と。
「にしても、居候する間…私は何をすれば良いのでしょうか?」
無論、無料(タダ)で面倒を見てもらえるとは私とて思っていない。この御時世なら尚更、だ。ならば、己に出来ることをやるべきだ。
「あんたは翠からの預かりものでもあるわけだしね…なんかあったら翠に申し訳が立たなくなっちまう。」
そう姐さんに言われてしまうと逆に身動きの取りようがなくなってしまうというか、なんというか…
「そうですか…。」
といって引き下がるほどの恩知らずという訳ではないので、後日職を探そうと思います。