鳥籠から無限の空へ






翌日、用意されていた袴に着替えた。
このようなものを着るのは成人式用のものを選んだ時、以来だろうか。
ふと、ベッドの上で丸まっている三毛猫に目を向ける。
彼女も一緒に連れて来てしまった。
いや…私は彼女に連れて来られてしまったのだろうか。
だが、直接的原因を与えたのはあの奇術師な気がしてならない。

ずっと彼女と呼ぶのも可哀想なので、名前をつけてあげよう。
何が良いだろうか。

「お前の名前は今日からミケだ。」

某少女漫画からとってみた。
三毛猫だからミケ。
相変わらず、ミケは毛繕いをしている。











翠さんは、ちょうど一年前の昨日夫と娘を共に亡くしたらしい。
一年経ち、だいぶ傷跡が癒されたところに私が現れたそうだ。
津守家は華族の名家で、本来は婿養子をとり家を相続させるつもりだったらしいがその娘が亡くなったために、それも叶わなくなった。だから、仕方なくお家断絶を防ぐために養子をとろうかと考え始めた矢先に、私が転がり込んだらしい。
実際、帰りたいが帰れるか分からない。
それを考えると、今ここで落ちついてしまった方が良いのではないかだろうか。
私の現代の実家である芦屋家は兄が居るから、私が居なくてもお家断絶がどうの、という話にはならないだろう。
翠さんは華族として生きる上での礼儀作法を明日から教えてくれると言っていた。
そのぶん、今日のうちに散策をしとけ…という話だった。


というわけで、私は某大河ドラマの如く袴に元の時代のブーツを履いて部屋を出ようとしていた。
すると「にゃあ」という鳴き声と共に肩に衝撃が走る。
どうやら、ベッドからミケが私の肩に飛び乗ったらしい。
なんという猫だ…温かいから良しとしよう。
こうして、肩に猫をのせたまま外へと繰り出した。


周りにある建物がすべて珍しくて、でも懐かしさを感じる。
何処かに似てるなぁ…と思いながら歩みを進めていてふと、その既視感の正体に気付いた。
そうか、横浜に似ているのか。
私の現代で住んでいた横浜は現代でも色濃く文明開化の様子を伝えてくれている。
県庁から始まるキング、クイーン、ジャックの三塔が良い例だろう。
現代ではキングが県庁、クイーンが税関、ジャックが横浜開港記念会館である。
それらの上の部分がチェスの駒に似ているためにそう呼ばれるようになったそうだ。
だけど関東大震災で多くの家屋が倒壊してしまっているために現存するものは少ない。
あの有名な赤レンガ倉庫も片方の倉庫は半壊してしまい、現代には短くなった倉庫が残っている。
あぁ、余談はここまでにしておくとしよう。
ふらふらと周辺を歩いていると津守邸に並ぶ西洋建築の佇まいの家を見つけた。
やはり、すごいなぁ…と眺めていると不意に背後から声をかけられた。

「き、きみっ…!」

黒い学生服を纏い、緑の髪を横に流して結んだ男の人が居た。って、緑……?地毛、なのだろうか?
彼は脇に抱えていたスケッチブックを開くとブツブツと何か唱えだした。

「この三毛猫の毛艶は素晴らしいっ!!オッドアイが引き立てられるこの配色…そして、人間と猫とのこのような構図は滅多にお目にかかれないだろう。あっ、動かないで。そう、その視線だ…」

どうやらミケをスケッチしてるらしい。ミケの素晴らしさが分かる人間が私以外に居るのは驚きだ。

「おや、春草。そんな門の前で何をしてるんだい?」

背後から歩み寄ってきた青年が言う。
赤髪に白の軍服?に身を包んだその姿はさながらモデルのようだった。

「ほう、相変わらず上手だな。良かったら君もうちでお茶を飲んで行きなさい。」

そういい軍服を着た青年は私が先ほど眺めていた家を指差した。
なんと、この家の主だったのか。
青年に促され、春草と呼ばれた彼と共に屋敷に足を踏み入れた。

「フミさん、お茶を頼む。」

屋敷に入ると家政婦?の女性に青年は指示を出した。

サンルームのソファーを勧められ、お言葉に甘えて腰を下ろした。

「あぁ、自己紹介がまだだったね。私は森鴎外という。こっちがうちに下宿している菱田春草だ。」

「どうも。鴎外さん、このご婦人は?」

屋敷に入る間に先程の姿は影すらなくなっていた。
それ以前に私のミケを描いていたことすら覚えていないらしい。
ミケは肩から降り、膝の上で丸くなっている。

「春草、また覚えてないのか。」

「なんのことですか。」

そんな不毛なやりとりが繰り広げられていた。
軍服の青年は森鴎外と名乗っていたが、あの有名な……だろうか。

「それで、君は誰?」

考えている間に話題の矛先は私へと向けられていた。

「私はあし…いえ、津守咲耶と申します。」

一礼すると、挨拶をするかの如くミケも伸びをした。

「ほう、つまりはあの津守家の御息女ということかな?」

森氏は何かを考える素ぶりをしなかまらそう言った。

「でも、あの家の御息女は確か昨年亡くなったのではありませんでしたか?」

菱田氏のその言葉にそうか!と森氏は納得したように、うんうんと首を振った。

「はい、私は先日津守家に養子に入ったので。」

「なるほど…」

森氏は何やらその言葉から考えているようだった。

「鴎外さん、そんなことより彼女を早く帰した方が良いんじゃないんですか?もう朧の刻ですよ。」

そもそも朧の刻とはなんなんだろうか。


「あぁ、そうだな春草!俥で帰るといい。」

こうして、私は人力車で森邸をあとにしたのだった。


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