続いているとは知らないまま






どさっ、と投げ出された私はその殺しきれない勢いでアスファルトで擦りむいた。……アスファルト?私はペタペタとアスファルトを触り確認した。明治の道は舗装などされていなかった。

「リンタロウ!また迷子になってたでしょ。」
「良かった、エリスちゃん!」

再会を喜ぶ幼女と男性を傍目に、私は辺りを見回した。立ち並ぶビル、そして電線。私は元の時代に戻れたのだろうか?

「おねえさんのお蔭でリンタロウを見つけられたの。」

ふわり、とスカートをひらめかせた彼女はしゃがみこむ私を後ろから閉じめるように抱きしめて、そう言った。

「おねえさんも迷子らしいの!うちによんじゃダメ?」

彼女はコツン、と私の後頭部に顔をすり寄せた。どういう、ことだろうか。

「わ、分かったから!お嬢さんが良ければ我が家に来るといい。」
「……ありがとうございます?」

状況が未だに掴めていない私は流されるまま、その言葉に身を委ねることにしてしまった。そうして、彼らの家に向かう途中でコンクリート建てのビルや車、携帯を使う人など現代に戻ったと確信を得るための事象を目にした。エリス、という少女は未だ私の手を握ったままである。それをリンタロウと呼ばれた男性が何処か羨ましそうに見ている。

「ところで、此処どこなんでしょうか?私先程まで上野の不忍池を見ていたはずなのですが。」

その言葉にリンタロウさんは目をパチクリとさせた後、手を広げ言った。

「此処は横濱だよ。」

……よこはま?ということは、私が知るあの横浜なのだろうか。

「申し遅れたね、私は森鴎外という。エリスちゃんを見つけてくれたことにはとても感謝するよ。迷子の君はなんて言うのかな?」
「…芦屋咲耶です。」

久しく口にしていなかったその苗字を言葉として紡いだ。それにしても今目の前のリンタロウさんは自身のことを森鴎外と言った。だが、私が知るあの赤毛で水で行水する鴎外さんではなかった。となると、此処がまた違う世界であるというのは決定事項であることに気付いてしまい、頭を抱えたくなった。

「咲耶君か、君は突然此処に現れたと言っていたが若(も)しかして異能を使ったのではないかね?」
「……異能?」

その聞いたことない言葉に首を傾げた。彼は「エリスちゃんはどう思うかね?」と問いかけるが頬を膨らませ「知らなーい!」という少女は私を引っ張り誘導する。

「咲耶!ここが我が家だよ!」
「へぇ………え?」

目の前にあるビルはこの横浜一高いのではないだろうか?というぐらいやたら高い。あの横浜の象徴であるランドマークタワーより高いのだから。このような高いビルは私がいた世界にはなかったはずである。阿倍野のハルカスよりも高いのではなかろうか?そもそも、同じ高さのビルが一つだけではなく、複数ある事実にも驚く。

「さ、咲耶行きましょ!リンタロウも早く!」
「待ってよ、エリスちゃん〜」

ビルの入り口には物々しいスーツにサングラスを身につけた男らがおり、此処がただのマンションではないことは明らかだろう。そして、その男たちは私達に対してお辞儀をした。これは、私達に、ではなくこの2人に対して、といったほうが正確なのかもしれないが。エレベーターに乗り込むと森さんが最高層の階のボタンを押した。最高層ということは、考えられるのはこのビルのオーナーだろうか。エレベーターを降りれば入り口同様に物々しい雰囲気を携えたスーツの警備員達がおり、私へと視線を向ける。それに対し、森さんが「彼女は私の客だ。」と一言いえば、その後同じような視線を貰うことはなかった。そして長い高級そうな絨毯が敷かれた廊下を歩き森さんがドアを開けた部屋に広がるのは高層からの眺めを存分に楽しむ為の広いガラス張りの窓と、来客用に用意されているであろうローテーブルとソファそして執務机と高級そうな革張りの椅子が目に入った。

「リンタロー!ケーキ!」
「エリスちゃん少し待っておくれ。さ、そこに咲耶君は腰掛けてくれたまえ。」
「……ありがとうございます」

お言葉に甘え、高そうなソファに腰掛けると体がクッションに沈んだ。森さんがカチャカチャと茶器を弄り茶を用意するのを見ながら、家というよりはオフィスというのが正しいのではないかと側と思った。不意に膝に重みを感じたのでそちらを見ればエリスちゃんが膝の上に座っていた。

「咲耶の上でたべるー!」

そういう彼女は何処かあざとさを含んでいた気がしたが、拒む理由もないので彼女の好きなようにさせていた。私は随分彼女に好かれているようだった。森さんがケーキとお茶を用意してくれて、それを机に置いた。エリスちゃんは早々に手を伸ばし口に含んで、幸せそうな顔をしていた。その様子に微笑みながら、今後のことを考える。

「あの、仕事を見つけるまでの間お世話になっても大丈夫でしょうか?あとでお礼をさせて頂きますので。」

とりあえず、この一文無しの状態では何も出来ない。仕事を探し、働いてからお礼をする…というのが妥当じゃないだろうか。

「ほう、君は本当に迷子だったのかね。エリスちゃんの手前ああはいったが、大の大人が迷子になる…なんていうのは少し信じられなくてね。」

腕を組みそう言った森さんはカップに口をつけた。確かに、仕事を探してから…となれば、それはただの迷子ではないということが明らかと言えるかもしれない。

「まぁ、先ほど言った通りうちにいてくれても構わないよ。エリスちゃんも咲耶君のことを気に入っているようだし…そうだ!いっそうちで働いてかみないかね?ちょうどエリスちゃんの付き人を探していたんだ。君が良いなら衣食住付きでどうかね?」
「えっ……」

あまりの好待遇すぎる提案をされてたじろいだ。その言葉に「咲耶と一緒に過ごせるの?」とエリスちゃんもニコニコしており、正直拒みにくい。拒みにくいぞ、これは…

「私なんかで良ければ…」

と思わず口をついてしまった。後に此処がポートマフィアの本拠地だと知って後悔するのだが、まだそれは先の話。



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