遥かなる花の訪れを待つ






彼女に出会ったのは鴎外さんに依頼を出された時だった。

「あれ?もしかして鴎外さんの良い人ですか?」

自分と同じように女学生よろしくな袴に身を包んだ少女へ目を向けてそう言った。それにしては年齢が離れているようだが。現代であれば、許容範囲内の年の差だろう。

「ふふっ、私の婚約者なのだよ。子リスちゃん、おいで。」

ソーサーを手にカップからフミさんが入れた紅茶を飲みながら二人の押し問答を見ていた。彼女は自分が婚約者である対して反論しているようだが、はたからみると夫婦漫才である。

「彼女はね、記憶がないんだ。自分についてや生活での常識といった様々なことが。」

居住まいを正した彼の隣に子リスと呼ばた彼女が座る。そして、話された内容は思ったよりもシリアスなものだった。

「それはお気の毒に。」

「そういえば、子リスちゃんは君と同じ魂依だよ。」

その言葉にはっ、として彼女へ視線をやると彼女も驚いたようにこちらを見ていた。

「私は津守咲耶よ。妖専門の万屋をしているの。貴女の名前は、って記憶がないなら…」

「あの、私は綾月芽衣と言います。でも、名前しか覚えていなくて…途方にくれているところを鴎外さんに助けて頂いたんです。」

「…そう、大変だったのね。何か困ったことがあれば、いつでも頼って頂戴。」

そう言い、森邸を後にした。
鴎外さんに依頼された内容は現在執筆中の小説から逃げたしたヒロイン、エリスを探してほしいというものだった。作家や画家が魂を込めて作った作品から登場人物が抜くだしてしまうという事象がまま起きる。抜け出してしまったエリスが作品へと戻らないと、その作品が完成することはなくお蔵入りとなる可能性が高い。

それにしても、綾月芽衣といった少女は何故自分の名前以外を失くしてしまったのだろうか。普通は常識などといったものは記憶喪失になったとしても、体に身についてしまっているはずなのだが。そう考えると、とても不思議である。しかも、この時代でも少ない視える人間ということは。神隠しにでも遭遇して、自分の常識が通じない世界へと来てしまったとか……というのは私のことだが。あの奇術師を見つければ何か分かることがあるかもしれない。仕事の合間に件の奇術師について調べたが未だに掴めていない。

にゃあ、という声と共にミケが顔をすり寄せた。一時期行方不明になったりなどあったが結局こうして私の側に居るのだが。

「お前は鼻が良いのだから、どうせならエリスを探してくれれば良いのに。」

そういうと、ピクリと耳を立てミケが何処かを目指して歩き出した。まさか、本当に場所を知っているのだろうか。ミケの後を追うと不忍池に辿り着いた。そして、目を見開く。

「貴女がエリス、ちゃんなの?」
「そうよ、おねえさん。」

自分がエリスである、と言った少女の容姿は鴎外さんが言っていたそうであろう姿とは違っていた。彼の執筆中の小説ではエリスは妙齢の女性のはずなのに、目の前に居るのはどう見ても幼女である。だから、ちゃん付けを思わずしてしまったのだ。化ノ神は果たして己の姿を自在に変えることが出来たのか、実際に鴎外自身が魂依というわけではないからその容姿についての情報は当てにならない、と言ってしまえばそれまでなのだが。

「おねえさん、リンタロウが何処にいるか知らない?」
「リンタロウ…?」
「そう、また迷子になったみたいなの!」

リンタロウ…って鴎外さんの名前だったはず。彼女は一体何者なのか。
可愛いフリルを着た彼女は池から離れ、私の手を取った。すると何かに引き込まれるような感覚に陥る。

「え、」



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