水面揺れる、狭間揺らぐ(下)

あの一件、つまりはベルツリー急行での事件があってから明らかに気まずくなることが分かっているためにポアロに行けていない。ベルモットが安室透のことをバーボン、と…つまり酒の名を冠したコードネームで呼ばれているところを見ると彼も組織の一員と考えるのが妥当だろう。で、そんな人間が何故ポアロでアルバイトをしながら毛利探偵に弟子入りしているのか、気になったので部下を使って彼の身辺を洗って貰ってみたところ、どうやら彼は公安警察の人間らしい。さすが私の部下!!有能!!というのも私の部下も異能者しかいないのだが、情報収集に特化した異能使いばかりである。まぁ、そんなこともあったので尚更ポートマフィアの秘書(元)と認識されたまま赴くのは気が引けた。

そんな中、父の親友であった藤原さんから電話がかかってきた。

「久しぶりだね、朔ちゃん。ちょっと時間を取ることは出来るかな?」
「お久しぶりです、藤原さん。はい、大丈夫ですよ。」

父の親友である藤原さんは私も幼い頃から可愛がって貰っていた。両親が亡くなってからは尚更。父の親友、ということもあって藤原さんは私が異能者であることや異能特務課に在していることも知っている。と、同時に私は藤原さんが公安の人間であることを知っていた。その地位やどの公安であるかまでは知ろうと思わなかったし、敢えて調べようとも思わなかった。

指定された馴染みの珈琲店へと赴いたのだった。レトロな雰囲気が漂う店内に入れば、マスターが奥の個室のソファへと案内してくれた。そこには、既に藤原さんが居て、此方に和かに手を振ってくれた。白髪混じりではあるが、相変わらず父と同い年には見えない若さをしていると思う。

「急に呼び出してすまってすまないね。」
「いえ。でも、どうしたんですか?」
「実は今部下が取り扱ってる案件にどうやら、ポートマフィアが絡んでるようでな…このまま彼に任せておくと其方まで切り込んでしまいそうなので、君を呼んだ。」
「成る程。」

ポートマフィアは横濱の裏を牛耳る一大勢力だが、政府も警察も手を出さない。それは一重に彼等が異能使いであるため、衝突した場合の被害が甚大になることと異能開業許可書を取得していることが関係しているといえるだろう。基本的に横濱では警察ではなく、軍警が幅を利かせているからポートマフィアに関しては警察上層部と限られた人々しか知らないのが実情である。なぜなら、その暗部を知ることはポートマフィアに命を狙われることになるのと同意義であるからだ。

「私はどうすれば良いんでしょうか?」
「その案件で彼がポートマフィアに踏み込まないように止めて欲しい。取り敢えず、協力者として。」
「……分かりました。ただ、その案件ってどれぐらいでケリがつくのでしょうか?今は休暇中ですから、別に構いませんが…」
「ああ、言い方が悪かったね。協力者としてポートマフィアに踏み込まないように彼に釘を打ってくれればいいんだ。」

ポートマフィアが関わる案件ということは、その取引先が調査対象だったのだろう。藤原さんに日時を指定された為、日を改めてこの珈琲店に来るよう指示された。



そして、指定された当日、藤原さんよりも先に着いたらしくマスターがいつもの個室に案内してくれた。このマスター、実は元警察関係である。ポアロは息抜きで、こちらの珈琲店にはその珈琲を味わうために来てるといったところか。

「いつもので。」
「畏まりました。」

すぐに豆を焙煎して淹れてくれたマスターに礼を言うと、頼んでいないチーズケーキまでつけてくれた。どうやら試作品らしい。それを一口、口に運ぶと爽やかさと甘さが絶妙だった。コツコツ、と複数の足音が聞こえてきた。その中の1つが藤原さんであることは、その音で明らかであったが、それ以外に2人…いる?はて?てっきり1人だけかと思っていたのだが。このソファは円形状になっているため、1人増えようがあまり関係ないが。

”音壁”

他の客にこの話が聞こえて困るのはお互い様だから、彼らを含んだ範囲に異能を張った。人差し指から飛び散る蝶が鱗粉を煌めかしながら羽ばたいてゆく。音が遮断されたことによって、より会話が鮮明になった。

「藤原さん、何故この店へ…?」
「君たちが知りたがっていたポートマフィアについて知る協力者に来てもらったんだよ。」

そして、ガラリという音共に個室のスライドされた。

「待たせてしまって、すまない…」
「いいえ。」

藤原さんのあとに続いて個室に入ってきたのは2人の男性だった。1人には勿論見覚えがあったわけで。

「やはり、そうでしたか。」

と、ぽつり言葉を零せばその声に反応して安室透…いや、降谷零がこちらを見て驚いたように目を見開いた。

「幸田、朔…」

彼が私の名前を呼んだことに、藤原さんは驚いたようであった。私とて、調べるまでつい先日知り合ったばかりの人間がまさか藤原さんの部下だとは思わなかった。

「おや、君たちは知り合いだったのか。」

と言った後に藤原さんは2人に座るように席を勧め、マスターに珈琲を頼んだ。何かとても物言いたそうな顔をしている降谷さんには若干の同情を禁じ得ない。

「知り合いなら改めて説明する必要はないかもしれないが、こっちが降谷でそっちが風見だ。」
「お二人とも藤原さんの部下の方ですよね?」
「流石だ、そこまで調べたのかい?」
「まぁ。」

藤原さんが会わせたい部下というのがどのような人物なのか、申し訳ないが調べさせて貰った。その中で風見裕也、という男がポートマフィアの取引先である組織を追っていることを掴んだ。今回の件は彼だけかと思っていたが、その上司である降谷零まで来るとは。一応、予想しなかったわけではないのだ。彼が来るということは。

「風見さんは初めましてですし、改めて自己紹介しますね。幸田朔と申します。」

ぺこり、と礼をし、人好きしそうな笑みを浮かべそう言ったがどうやら好感度はあまり良くなさそうである。その間も降谷さんは色々言いたいことがあるような表情をしていたが、敢えてそれらを押し殺して絞り出すように一つの質問を投げてきた。

「事務職の仕事についていると言った貴女が何故…」

その言葉に藤原さんが「事務職か、確かに朔ちゃんは事務職のエキスパートだから強ち間違ってはないのかもしれないね。」と微笑んだ。ポアロでの職業についての話を言及されるとは。てっきり、ポートマフィアの秘書であることを先に問われるかと思っていたのだが違かったようだ。私の事務処理能力の高さは母譲りであるから、藤原さんは納得したのだろう。

「でしょう?えーっとですね、」

居住まいを正し、2人に向き直した。

「私のお仕事は内務省異能特務課のエージェントです。最近までは某組織に秘書として潜っていたので、どうやら他組織には抜けたことが伝わってないみたいであのようことに…いや、でも某組織の報復怖いので周知さるなくて良いんですけどね。」

他組織に知れ渡っていないことは幸いしたが、それが逆に降谷さんに疑念を抱かせることになってしまったのではあるが。

「内務省だと?今の日本に内務省は存在していないはずだ。」

風見さんが言う言葉は最もで、現在では内務省は存在していない。表向きの話ではあるが…真相は公安でも上役しか知らないため、私が独断で話して良いのか、藤原さんに視線を投げた。するとその意を正しく読み取ってくれた藤原さんがゆっくりと語った。

「確かに内務省は存在していない、表向きにはね。公安でもそうだが、上層部のみその存在を知っている。勿論、2人ともこれは他言無用だ。」

この2人に話すということは、藤原さんはとても信頼しているのだろう。ならば、私が特務課に話しても問題ないはずだ。

「……私達、異能特務課の仕事は国内の異能者を統括する事と異能組織犯罪を取り締まることです。といっても、そもそもエージェントの数が圧倒的に足りないので後者に関しては組織的機能をあまりしていないんですけどね。」

異能者、という言葉も一般にはあまり浸透しておらず、異能者そのものが都市伝説のような取り扱いをされてるが、異能者は存在している。

「つまり、ポートマフィアには異能者が居るということか?」
「えぇ、流石です、安室さん。いえ、今は降谷さんですかね。」

今までの言葉から、私が何故ポートマフィアに居たのかを推察したのだろう。

「ポートマフィアと異能持ちでないあなた方が下手に接触しても、事態は悪くなるだけなので忠告を。」
「なんだと…!?」

ポートマフィアとて警察との接触はなるべく避けようとするはずだが、いざとなれば手段は選ばない。最悪の事態は避けたいものだ。

「…幸田さん、貴方も異能者なんですね?そして、異能特務課のエージェントは皆異能者である。だから人手が足りないのではありませんか?」
「………。」

ぐうの音もでないというのは、こういう状況を指すのだろうか?不本意ながら降谷さんの言う通りである。私のように両親ともに異能者で特務課のエージェントというのはレアケースである。異能者であっても、自身の異能を掌握し、更にエージェントとしての技術を身につけるというのは限られてくる。それが人不足の最たる理由だ。

「こらこら、降谷くん。あまり朔ちゃんをいじめないでくれるかな?私が親友に怒られてしまうよ。」

藤原さんがそう言い庇ってくれるが、降谷さんのその鋭い眼光が緩まることはなかった。その様子に肩をすくめる。

「その通りですよ。だから、あなた方を護衛する人員を割く余裕はないからご忠告してるんです。犠牲者を出す前に。それか、最悪私に連絡して下さい。そうしたら、ポートマフィアに対する対策を練りますから」

彼の正義を貫く意思の強い瞳に結局折れた。その信念は素晴らしいものだと理解しているし、その姿勢とて私達は見習うべきものである。私達は異能犯罪を取り締まるに至っていないのだから。
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