誰も知らない道端の花



無事に休暇を貰った私はボーナス、というべきか…今度開かれるミステリートレインのリングを種田さんから貰った。このリングが乗車券の代わりとなるらしく、販売と同時にすぐに売り切れたレアものらしい。切符の代わりに指輪とはまたなんともシャレオツか。手のひらの中でその指輪を転がしていれば調子に乗りすぎて弾き飛ばした…

「あっ、」

折角種田さんに貰ったのに無くしでもしたら安吾に怒られそうである。慌てて追いかけると、手を伸ばす前に目の前に現れた第三者がそれを手にした。

「はい、お姉さんのでしょ?」
「……うん、ありがとうボク。」

拾ってくれた男の子を筆頭に小学生4人が此方に寄ってきた。少し体型が太めの子はサッカーボールを手にしており、公園内に併設されているグラウンドで遊んでいたであろうことが推測できた。男の子三人に女の子二人…このぐらいの年齢ならば男女関係なく遊ぶ年頃であろうから納得は出来る。

「あー!お姉さんもベルツリー急行乗るの?歩美達も乗るんだよ!」

そう言って彼女は自身の指にはめた指輪を見せてくれた。えっ、子供がそう簡単に手に入るものなのだろうか?話が違うぞ、種田さん。そう首を傾げれば明るめな髪を持った少女がその様子に気付いたようで説明をしてくれた。

「ベルツリー急行のオーナーである鈴木財閥と知り合いなのよ。」
「なるほどね、じゃあ貴方達と列車の中で再会することになるのかしら?」

なぜ、そんな鈴木財閥と普通の子供が知り合いであるかは敢えて口にしないが。

「お姉さんの名前はなんていうの?わたしは吉田歩美!」
「ぼくは円谷光彦です!」
「おれは小嶋元太だ!」

うん、お姉さん君達のパワーに圧倒されてタジタジだよ…若者は元気があっていいね。

「私は幸田朔よ。指輪を拾ってくれたボクと貴女はなんていうの?」

「……灰原哀よ。」
「ぼくは江戸川コナンだよ、よろしくね!朔さん。」

「へぇ、君も江戸川君かぁ。」

江戸川なんて名字なかなか聞かない珍しい名字だと思っていたから、まさか二人目の江戸川君に会うとはちょっと予想外であった。

「あら、その口ぶりだと江戸川君以外に江戸川という人に知り合いがいるのかしら?」
「うん。名探偵なんだよ、彼。なんでもすぐ解決しちゃうの。」

だってよ、江戸川君と灰原ちゃんがそう言うと何処か気まずそうに頬をかいたコナン君が目に入る。

「だから、江戸川君って君のこと呼べないからコナン君で良いかな?あと小嶋君に円谷君、吉田ちゃんと灰原ちゃんかな。」
「コナン君だけ名前なんてずるーい!」
「そうだぞ、コナン」
「……うん?じゃあ、みんな名前で呼べば良いかな?」
「「「やったー!」」」

おおう、その反応はお姉さんは予想外だったぞ。にしても先程の灰原ちゃんの話からすると目の前の彼も探偵なのだろうか?

「コナン君も探偵なの?」
「えっ、あ、うん。」
「そうだぜ、俺たち五人合わせて少年探偵団!」
「しょうねん、たんていだん?」

ポーズを決める彼らは大真面目らしいが灰原ちゃんとコナン君は呆れを含んでいるから二人は本意ではないのだろう。

「そういえば、ミステリートレインだから謎解きがあるのか…」
「お姉さんもコナン君みたいに謎解きが得意なの?」
「うーん、私はあんまりかなぁ。今回も指輪を知り合いに貰ったからだけだし。」

周りは謎解きすきな人ばかりというのはちょっと肩身が狭そうで嫌だなぁ、と思いはしたが等級も高い座席みたいだし普通に電車の旅を楽しむのもありかもしれない。

「じゃあ、おれたちが姉ちゃんの代わりに解いてやるよ!」
「そうですね、元太くん。」
「ふふ、頼もしいのね。じゃあ、少年探偵団の諸君に当日は任せようかなぁ。」





そんなやりとりをして、今日はベルツリー急行に乗る当日である。当日まではとても楽しみにしていたのだが、あゝ無情にもあまり会いたくない人物にバーカウンターで出逢ってしまったことがあまり頂けなかった。

「まさか君がこの列車に乗っているとは…」
「私もこんなところでお逢いするとは思っていませんでしたよ、広津さん。」

てっきり少年探偵団諸君のみしかこの列車に知り合いはいないと思っていたのに、このような場所で黒蜥蜴のリーダーに会うことになるとは思わなかった。いやだが、彼と共に行動することが多い立原君や銀ちゃんの姿が見えないということは、もしかしたらもしかするのかもしれない。

「休暇中ですか?」
「ああ、一寸(ちょっと)な…」
「じゃあ、お互い此処で偶々出逢ったということで良いですよね?」

正直、ポートマフィア切っての武闘派組織のリーダーとやり合うなんて真似はしたくないのが本音だ。向こうは私が首領(ボス)の秘書だったことは勿論知っているが、異能持ちであることまでは知らない。だから、たかが事務員的な無力な存在であると認知してくれることを願うしかなかった。

「では、一杯どうかね?此処での出逢いに。」
「良いですね。じゃあ、ベリーニでお願いします。」

そう頼めばマスターが作ってくれたので中々メニューが充実しているらしい。目の前に置かれたグラスを傾けた。

「広津さんの雰囲気にベルツリー急行って似合ってますよね。」

紳士然とした出で立ちにモノクルを着けたその格好はこの列車の雰囲気にマッチングしていると言えるだろう。私とて別にこの場に似合わない格好をしているつもりはないが、無難にロングワンピースに髪を横に流している感じである。

「そうかね。君のその姿も首領の隣に居た時のようなスーツよりは良いと思うぞ。」
「そりゃあ、あの時は首領の秘書でしたから?首領がああですし、私はきっちりする必要があったんですよ。」

バリバリの出来る秘書、をしていたから当時は伊達だがメガネをしていたし、髪とていつも結い上げていた。今はその必要もないためどちらもしていないが。

「首領は君に書類仕事を任せすぎて、愛想を尽かされてしまった、と言っていたが実際どうなのかね?」
「首領がそう思っているなら、そういうことにしましょう。今までお休みという休みを貰ったことがなかったのでストライキです。」

なんだ、私が特務課のエージェントだということは未だにバレていなかったのか。まぁ、証拠を残すヘマなどしていないが勝手にそう勘違いしてくれる方が都合が良い。きっと森さんはその真実に気付いているのだろうけど。グラスの淵に指を滑らせていれば突如、火災報知器が車内に木霊し車内アナウンスで前方車両に行くように指示が出た。

「……本当に休暇中ですか?」

暗にこの騒動はポートマフィアのせいではないか、という意味を込め聞けば首を横に振られた。どうやら、本当に違うらしい。車両後部から逃げてきた客が私達の後ろを通って行く中「あっ!」という声が聞こえたので後ろを見れば少年探偵団諸君が居た。いや、二人足りないが。

「朔お姉さん全然見かけないと思ったらこんなところに居たんですか!」
「うん。知り合いとちょっと飲んでた。ところでコナン君と哀ちゃんは?」
「それが見当たらなくて…」

その言葉に眉を寄せれば、広津さんと目があった。この御仁もなんだかんだで子供に甘い節があるからなぁ。

「一緒に確認に行ってくれませんか?広津さんが居てくればとても心強いですし。」
「…良かろう。」

広津さんの異能『落椿』は指先で触れたものを斥力で弾き飛ばす能力である。つまり、彼の後ろにいればよっぽどのことがない限り攻撃が当たることはない。少年探偵団の彼らは何か言いたいことがあるようだったが、敢えて気付かない振りをして後部車両へと足を進めた。実は先ほどこっそりと異能を使ったが、火事ではないことは分かっていた。火特有のパチパチと爆ぜる音がしないのだ。だから、この騒ぎは誰かが意図的に起こしたものであると考えた方が良いだろう。広津さんの後を追うように歩いていれば、急に目の前の背中が止まった。不思議に思い、その肩越しに前を見れば相手も此方に気付いたようで「あら、」と声をあげた。

「ポートマフィアの秘書さんと黒蜥蜴の百人長さんじゃない。貴方達がこの列車に乗っているとは思わなかったわ。」

ウェーブのかかった金髪を掻き上げる姿は悔しながら様になっていた。

「それは、此方の台詞です。もしかして、この騒動も貴女の組織が?」
「えぇ。だから退いて貰えるかしら?」

その様子にやれやれ、と首を振ったのは広津さんであった。

「君の取り越し苦労だったようだな。」
「……みたいですね。」

彼女の組織のやることに下手に手を出して、後々報復なんていうことは避けたいので素直にその言葉に従い踵を返そうとしたところ列車が大きく揺れた。何やら本当に後部車両で爆発が起こったらしい。その衝撃に驚いてしばらく固まっている間にカツカツという世話しない革靴の靴音と共に「ベルモット、その方々は?」という第三者の声がかかった。その声は割と最近聞いた声であったことに驚き、振り返れば向こうも此方を見て目を見開いていた。

「貴女は…!?」
「……安室さん?」

まさか、ここでポアロの新しいバイトである彼と出会うことになるなど思っていなかった。それは彼とて同様の思いだろうが。

「バーボン知り合いなの?彼女達は横濱を拠点とするポートマフィアよ。」

ベルモットがそういい、ポートマフィアという言葉を安室さんが繰り返していた。バーボン、と呼ばれていたことから考えれば彼も組織の人間なのだろう。

「幸田、私は先に戻るぞ」
「え、あ、待ってください。」

私の盾…!正直この場所に取り残されても困るので広津さんの後を追った。その後、列車は目的地に到着することなく途中で下りることになった。
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